表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この世界はなんかおかしい  作者: 16時間
戦士 ドレイク
70/78

今度こそ守りたい

次にドレイクが目を覚ました場所は、薄暗い部屋だった。


空気は少し湿っている。

鼻につく、こもった匂い。

寝かされていたベッドも古い。

シーツはくたびれていて、清潔とは言い難い。


(……きたな)

素直に、そう思う。

ゆっくりと体を起こす。


その時。

「大丈夫?!」

横から声が飛んできた。

振り向く。


そこにいたのは――幼い少年。

まだ中学生くらいの年頃。

心配そうにこちらを覗き込んでいる。


「あ、あぁ……」

突然のことに、ドレイクはわずかにたじろぐ。


少年はほっとしたように息を吐いた。

「よかった……」

少し笑って、続ける。

「雨の中で倒れてたんだよ」

「びっくりした」


間を置かず、さらに言葉を重ねる。

「どこから来たの?」

「名前は?」

「なんであんなとこで倒れてたの?」

矢継ぎ早。

遠慮のない問いかけ。


ドレイクは一瞬、言葉に詰まる。

だが。

その中で。

一つだけ、引っかかった。


「……お兄ちゃん」

少年が、そう呼んだ。


(……兄ちゃん、か)


胸の奥で、何かが揺れる。

懐かしい響き。

あの頃。

弟や妹たちに呼ばれていた呼び方。


一瞬だけ。

過去が、重なる。

ドレイクはわずかに目を伏せた。


そして――

顔を上げる。

ここは。

ウズベク地区。

そしてこの場所は。


後に“タルタロス”と呼ばれる収容所になる場所。

だが、今は違う。

まだ――孤児院だった頃。

ここから。

ドレイクの人生は、再び動き出す。




少年の名前は、アルザックと言った。

屈託のない笑顔。

人懐っこい性格。


そして――兄がいた。

幼い頃、両親の離婚で離れ離れになり、もう会えないらしい。

その後は片親に引き取られたが、育てきれず。

気づけば、この孤児院に来ていた。


アルザックは、それをどこかあっけらかんと話す。

まるで、大したことじゃないみたいに。


(……どこの世界も)

ドレイクはぼんやりと思う。

(可哀想な奴はいるんだな)

どこか他人事のように。

そう考えていた。


その時。

アルザックが、ふと顔を上げる。

「……ところでさ」

少し身を乗り出して。

「兄ちゃんの名前、教えてよ」


「……俺か?」

ドレイクは一瞬、言葉を止める。

考える。

ここは、前にいた世界じゃない。

別の世界。


なら――

元の名前を言っていいのか。

そもそも、通じるのか。

怪しまれないか。

一瞬で、いくつも考えが巡る。

だが。


「じゃあさ」

アルザックが、軽く手を叩く。

「俺の兄ちゃんに似てるから、ドレイクね!」


あっさりと。

この世界での名前が、決まった。


「……なんで、お前の兄貴なんだよ」

少し呆れたように返す。


アルザックは、けらけら笑った。

「だってさ」

「兄ちゃん、ガタイいいし」

「ほんと、俺の兄ちゃんにそっくりなんだもん」


指をさしながら続ける。

「ほら、この赤い髪とか!」

「あと、目つき悪いとことか!」


楽しそうに笑う。

褒めているのか、けなしているのか。

よく分からない。


だが。

不思議と――嫌な気はしなかった。

ドレイクは、少しだけ息を吐く。

そして。

「……ドレイク、か」

小さく呟く。

その名前を、確かめるように。



その時。

部屋のドアが、開いた。

軋む音。

立っていたのは、孤児院の職員だった。


「目、覚めたか」

抑揚のない声。

冷たい視線。


「うん、この人ドレイクって言うんだ」

アルザックが、嬉しそうに言う。

さっき決めたばかりの名前。

もう当然のように使っている。


「……ドレイク、か」

職員は一度だけ繰り返す。

興味はなさそうだった。


「まあいい。もうすぐ夕飯だ」

短く告げる。

「全員、食堂に来い」

それだけ言って、部屋を出ていく。

ドアが閉まる。

静寂。


「ほら、行こう!」

アルザックが笑って、ドレイクの腕を引く。

二人はそのまま食堂へ向かった。



食堂も、古かった。

テーブルも椅子も、ところどころ錆びている。

座るたびに、ギシ、と音が鳴る。

子供たちが集まり、席につく。

ざわざわとした空気。

やがて、食事が配られる。


質素な料理。

量も多くはない。

だが。

子供たちは、楽しそうに食べていた。

笑いながら。

美味しそうに。

それが、当たり前みたいに。


(……まあ、こんなもんか)

ドレイクも、黙って口に運ぶ。

味は、悪くない。

特別でもない。

ただの飯。

それで十分だった。

屋根がある。

寝る場所がある。

三食、食える。

風呂にも入れるらしい。


(……前よりはマシか)

ふと、思う。

(あの頃は、まともに食えない日もあった)


フォークを動かしながら、淡々と受け入れる。




それから。

半年ほどが過ぎた。


ドレイクは、この場所に馴染んでいた。

生活にも慣れた。

顔も覚えた。

子供たちとも、それなりに話すようになった。


ウズベク地区は、治安が悪い。

外では常に争いが起きている。


怒鳴り声。

物音。

遠くから聞こえる喧騒。

それが日常だった。


だが。

この孤児院の中だけは、少し違う。

完全に安全ではない。

決して恵まれてもいない。


それでも。

最低限は、守られている。

冷たい態度の職員。

だが、世話はする。

放置はしない。


子供たちも、似たような境遇。

だからこそ。

妙な安心感があった。


ドレイクは、それを受け入れていた。

抵抗もなく。

違和感もなく。


なぜなら。

こういう生活に――

もう、慣れていたからだ。




だが。

その日常は、少しずつ崩れていく。

ある日。

孤児院の職員が、子供たちの前に立った。


「今日から、仕事をさせる」

淡々とした声。

拒否権なんて、最初からない。


内容は、単純だった。

植物を育てること。

水をやる。

世話をする。

それだけ。

一見すれば、簡単な仕事。


だが――

それは食物ではない。

観賞用でもない。

見たことのない花。

独特の匂い。

葉の色も、形も、どこかおかしい。


(……これ)

ドレイクは、すぐに察した。

(ヤバい奴だろ)


生前で見たものとは違う。

だが。

本質は同じだった。


麻薬。

それに近いもの。

孤児院から離れた場所。

広大な土地。

山に囲まれ、人の気配はない。

隠すには、最適な場所だった。


子供たちは何も知らない。

ただ言われた通りに、世話をする。

水をやる。

笑いながら。

遊びの延長みたいに。


ドレイクだけが。

内心で毒づきながら、手を動かしていた。

(クソみたいなことやらせやがって)

だが。

逆らわない。

逆らう意味もない。



やがて。

植物は育つ。

収穫の時期が来る。

そして――

それは、どこかへ運ばれていった。

詳細は、誰も知らない。


だが。

結果だけは、分かりやすかった。


食事が、少し良くなる。

量も増える。

味も、ほんの少しだけマシになる。

職員の機嫌も、良くなる。

怒鳴る回数が減る。

子供たちに向ける視線も、柔らかくなる。


そして。

子供たちの笑顔が――増えた。

以前よりも。

明らかに。


(……終わってんな)

ドレイクは心の中で呟く。

(やってることは最悪だろ)


わかっている。

ここがまともじゃないことも。

利用されていることも。

全部。

それでも。

目の前の現実は、少しだけマシになっていた。


飯がある。

笑顔がある。

泣き声が減った。

それだけで。

ほんの少しだけ。

胸の奥が、緩む。


ドレイクは。

その“歪んだ平和”に、わずかに安堵していた。




そんな生活が、何年か続いた。

転生した時。

ドレイクの見た目は、およそ十四歳ほどだった。

そこから。

年月が過ぎる。

身体は成長し、今では成人前の青年のような体格になっていた。


だが。

ある年。

それまでの流れが、崩れる。


気候が悪かった。

例の植物が、育たない。

収穫ができない。

当然、出荷も止まる。


そして――

目に見えて、職員の機嫌が悪くなった。


怒鳴る。

物に当たる。

そして。

食事の量が、減る。


理由は明白だった。

あの“仕事”が、回らなくなったから。


子供たちの空気も変わる。

笑顔が消える。

泣く回数が増える。

大人の顔色を伺うようになる。

怯えた目。

かつて見た光景と、重なる。



そして――

それは、起きた。

「……ごめんなさい」


食事の後。

まだ幼い少年が、皿を落とした。

割れる音。

別に珍しいことじゃない。

今までも、何度もあった。

いつもなら。

「自分で片付けろ」で終わる。

それだけの話。


だが――

「何してんだ、お前!!」


怒号が響く。

空気が、一瞬で凍る。

職員が歩み寄る。

そして。

躊躇なく、手を振り下ろした。


――バンッ。

乾いた音。

少年の身体が揺れる。

もう一発。


さらに。

止まらない。

殴る。

蹴る。

ただの八つ当たり。

暴力。


それを見た瞬間。

ドレイクの中で、何かが弾けた。


(……またか)


過去と、重なる。

守れなかったあの日。

泣いていた妹。

伸ばせなかった手。


だが――

今は違う。

(今度は――)


自然と、身体が動く。

考えるより先に。


(守る)

その意志だけで。

足に、何かが纏う。

風。

空気が、圧縮される感覚。


次の瞬間。

視界が、流れる。

一瞬で距離を詰めていた。


(――速っ)

自分でも理解が追いつかない。


だが。

拳は、止まらない。

そのまま。

渾身の一撃を、叩き込む。


――ドンッ!!

衝撃。

職員の身体が吹き飛ぶ。

床に叩きつけられる。


沈黙。

一瞬。

何が起きたのか、誰も理解できない。


そして。

ざわめきが広がる。


「……え?」

「今の……」

子供たちの目が、一斉にドレイクを見る。

そして。

次第に、歓声へと変わる。

「すげえ……!」

「ドレイク、やば……!」


その中で。

一番近くにいたアルザックが、駆け寄る。

「ドレイク、すげえよ!」


目を輝かせて。

興奮した声で。


だが。

当の本人だけが。

立ち尽くしていた。

拳を見つめる。

足元を見下ろす。


(……今、何した)

理解が、追いつかない。

さっきの感覚。

身体の動き。

あの力。

それが何なのか。


ドレイクだけが――分かっていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ