ドレイクという男 2
少年院で、一年余りを過ごした。
遅れていた勉強。
倫理。
社会性。
一通りは教え込まれた。
だが。
ドレイクにとっては、どうでもよかった。
守れなかったから。
それだけで、十分だった。
やがて。
出所の日。
「これからは、真っ当に生きろよ」
そう言われて、外へ出される。
久しぶりの外の空気。
街並み。
人の声。
すべてが――どこか遠い。
居心地が悪い。
馴染めない。
(……真っ当って、なんだよ)
心の中で呟く。
(どうやって、生きるんだよ)
元々、社会とは断絶して生きてきた。
少年院で何を教えられても。
それは、ただの知識でしかなかった。
実感はない。
使い方もわからない。
一人で放り出される。
頼れる親戚がいるのかも分からない。
学歴はない。
職もない。
倫理も、道徳も。
どこか他人事のままだった。
気づけば。
足は、自然とそちらへ向かっていた。
半グレの集まり。
名前も知らない連中。
だが。
そこには、似たような人間がいた。
過去を持った連中。
まともじゃない連中。
だからこそ。
居心地がよかった。
何も気にしなくていい。
誰も、咎めない。
そして。
暴力で、すべてが通る。
それが、分かりやすかった。
拳でねじ伏せればいい。
それだけでいい。
ある日。
「お前、やるじゃん」
軽く言われる。
別の日。
「お前がいると心強いな」
笑いながら、肩を叩かれる。
その言葉が。
やけに、残った。
認められる。
必要とされる。
それが、初めてだった。
ドレイクは、初めて思った。
ここなら。
自分がいてもいいのかもしれないと。
いつの間にか。
ドレイクは、その組織の中で一定の地位を持つようになっていた。
自然と、後輩もできる。
いつでも。
後輩たちは、無条件で慕ってきた。
「うわ……さすがです!」
「俺、一生ついていきます!」
まっすぐな目。
純粋な尊敬。
それは、歪んだ世界の中にある関係だったが。
ドレイクにとっては――違った。
どこか、懐かしかった。
(……似てる)
ふと、思う。
(あいつらも……)
頭に浮かぶのは、弟や妹たちの顔。
小さかった頃の姿。
(あいつらも、でかくなったら……)
視線の先にいる後輩たちを見る。
(こんな感じになるのか)
自然と。
重ねていた。
弟や妹と。
だから。
守る対象だった。
もう、失いたくないものだった。
――だが。
そんな日常は、突然終わる。
敵対している別の半グレ組織。
その連中との衝突。
喧嘩――
そんな軽い言葉じゃ足りない。
完全な、争いだった。
拳。
鉄パイプ。
何でもありの無法地帯。
叫び声と、衝撃音が入り乱れる。
ドレイクは、いつも通り前に出る。
殴る。
叩き潰す。
力でねじ伏せる。
それが、自分の役割だった。
だが。
その最中。
視界の端で。
何かが引っかかった。
慕っていた後輩。
一人。
押されている。
明らかに劣勢。
(……まずい)
ドレイクが目を向けた瞬間。
状況は、崩れた。
囲まれる。
一瞬で。
逃げ場がなくなる。
「やめ……っ」
声が上がる。
だが。
間に合わない。
殴られる。
蹴られる。
何人にも囲まれ。
一方的に叩き潰されていく。
リンチ。
止まらない。
止められない。
ドレイクは一瞬、動きが止まる。
(またか)
頭の奥で、何かが軋む。
過去と、重なる。
守れなかった、あの日。
泣いていた妹。
伸ばせなかった手。
(……やめろ)
歯を食いしばる。
拳を握る。
だが。
一瞬の遅れが――
致命的だった。
そのまま。
ドレイクも劣勢に回る。
数で押される。
囲まれる。
拳。
蹴り。
鉄パイプ。
何でもありの暴力が、一方的に叩き込まれる。
反撃が、追いつかない。
体が軋む。
意識が揺れる。
その時。
背後から、気配。
振り向く間もない。
――ゴンッ。
鈍い音。
レンガ。
頭部に、叩きつけられる。
視界が白く弾ける。
一瞬だった。
力が抜ける。
膝が崩れる。
そのまま。
倒れ込む。
(……また、守れなかった)
ぼやける意識の中で。
それだけが、浮かんだ。
暗闇。
何もない空間。
音も、光もない。
その中で。
ドレイクは、ゆっくりと目を開けた。
「……どこだ、ここ」
さっきまでの喧騒はない。
血の匂いもない。
ただ、黒。
見渡しても、何もない。
その時。
声が響いた。
どこからともなく。
重く、低い声。
――お前が望むものは何だ。
ドレイクは、わずかに目を細める。
(……望むもの?)
考える。
今までの人生。
頭の中に浮かぶのは――
泣いていた妹。
守れなかった背中。
崩れていった命。
(……力だ)
自然と、答えは出ていた。
(守れるだけの力)
もう二度と。
目の前で、失いたくない。
もう二度と。
泣かせたくない。
(……もう、懲り懲りだ)
沈んだ感情の底で、呟く。
その瞬間。
声が、再び響いた。
――ならば、与えよう。
静かに。
確かに。
――お前が最も望むものを。
一拍。
――強く生きろ。
その言葉と同時に。
暗闇が、崩れる。
意識が、引き裂かれる。
落ちる。
深く。
どこまでも。
そして――
ドレイクは、この世界へと転生した。




