代償として
禁忌の森。
魔界に存在する数多の森の中でも、特に深く、暗い森。
木々は高く、枝は絡み合い、
太陽の光すらほとんど届かない。
湿った空気。
不気味な静寂。
まるで森そのものが、近づく者を拒んでいるようだった。
エディルはその森を歩き続ける。
枝を払い、
根を越え、
ゆっくりと奥へ進む。
そして。
足を止めた。
「……ついた」
森の奥。
そこにあったのは――
巨大な扉。
石で出来た、禍々しい扉。
表面には古代文字のような紋様が刻まれている。
長い年月、誰も触れていない。
だが確かにそこに存在していた。
人間界へと繋がる扉。
エディルはゆっくりと近づく。
「これが……」
低く呟き、地面に指を置く。
王族にのみ伝わる魔法。
古い記憶。
幼い頃、父に連れられて来た時の記憶。
(確か……こうだった)
地面に魔法陣を描く。
指先に残った、わずかな魔力を流す。
線を描き、
紋様を繋ぐ。
記憶は曖昧だった。
それでも。
描き続ける。
(頼む)
最後の線を引く。
(これで……繋がってくれ)
次の瞬間。
扉が光り輝いた。
エディルの目が見開かれる。
「……やった」
思わず声が漏れる。
「これで――」
だが。
扉は、開かない。
光はある。
だが、微動だにしない。
「……は?」
手を叩きつける。
沈黙。
「うそだろ!」
拳で扉を叩く。
「おい!!」
叫ぶ。
だが。
何も起きない。
理由は、すぐに理解した。
魔力が足りない。
「ふざけんな……」
今のエディルには、ほとんど魔力が残っていない。
数年の再生で使い果たした。
だが。
それでも。
残っているものがあった。
復讐心。
それだけは、消えなかった。
むしろ。
数年かけて、より濃くなっていた。
エディルは歯を食いしばる。
「……俺は、どうなってもいい」
拳を握る。
「首だけでもいい」
目が狂気に染まる。
「殺しに行く」
魔力を、無理やり引きずり出す。
「だから――開け!!」
体の奥から、魔力を引き裂く。
「開けってんだ!!」
その瞬間。
エディルの体から、膨大な魔力が溢れ出した。
だがそれは――
命を削る解放。
バキン、と乾いた音。
頭の角が砕ける。
背中の翼が崩れ、黒い粒子となって消えていく。
それでも。
止めない。
そんなものは、どうでもいい。
「開けえええええええ!!!」
魔力が扉に流れ込む。
魔法陣が暴走するように光る。
そして。
ギギギ……
長い年月閉ざされていた扉が、ゆっくりと動き始めた。
エディルの口元が歪む。
「……はは」
扉が、完全に開く。
その先には――
人間界。
エディルはふらつきながら立ち上がる。
振り返らない。
魔界を見ることもない。
「待ってろよ」
低い声。
「ゴミどもが」
そして。
そのまま、扉の中へ足を踏み入れた。
目を開ける。
エディルはゆっくりと起き上がった。
頭が重い。
体もだるい。
「……」
辺りを見回す。
見知らぬ森。
高い木々。
湿った土の匂い。
魔界とは、まるで違う空気。
「……ここどこ?!」
思わず声が出る。
すると。
近くから水の流れる音が聞こえた。
エディルはふらつきながら、その方向へ歩く。
やがて、小さな川に辿り着く。
水面を覗き込む。
そこに映っていたのは――自分の顔。
顔は変わっていない。
だが。
あるはずのものが、ない。
エディルは慌てて頭に手をやる。
何もない。
「……うそ」
角が、消えている。
背中にも手を伸ばす。
何度も触る。
だが。
そこにも何もない。
「……まじかよ」
翼もない。
エディルは、しばらく固まった。
そして。
恐る恐る、自分の内側を探る。
魔力。
いつも感じていた、それ。
だが――
何もない。
完全な空っぽ。
「……」
沈黙。
やがて。
エディルは川辺に座り込んだ。
「……どうなってもいいって言ったのは」
小さく呟く。
「嘘です」
間。
「無理だわ、こんなん」
そのまま川辺に倒れ込む。
空を見上げる。
人間界の空。
「……詰んだ」




