ひどい姿
それから――数年。
ゆっくりと。
本当にゆっくりと。
エディルの身体は再生していった。
砕けた骨は繋がり、
潰れた内臓は形を取り戻し、
動かなかった体は、少しずつ動くようになった。
そして。
ついに。
エディルは地面に手をつき、ゆっくりと身体を起こした。
「……ようやく、起き上がれた」
かすれた声。
長い間、誰とも話していない声だった。
だが。
立ち上がったその姿は、かつての王子のものとは程遠い。
痩せ細った身体。
傷だらけの肌。
破れた服は、もはや布切れ同然。
肩までだった黒髪は、腰のあたりまで伸びている。
「……ひでえ姿」
乾いた笑いが漏れた。
そして。
視線の先にあったもの。
父。
ジュラ。
城の従者たち。
だが。
そこにあるのは、もう遺体ではない。
骨。
風に晒され、白くなった骨だけが残っている。
誰が誰だったのか。
もう分からない。
エディルは、しばらくその場に立ち尽くしていた。
何も言わず。
ただ、見ている。
やがて。
「……さよならも」
ぽつりと呟く。
少し間を置いて。
「言えなかった」
その言葉だけが、静まり返った魔界に落ちた。
風が吹く。
骨が転がる。
静かな魔界。
やがてエディルは、小さく息を吐いた。
「……とりあえず」
自分の姿を見下ろす。
破れた服。
痩せ細った身体。
伸びきった髪。
「この見た目、なんとかしないと」
そう呟き、崩壊した城へと歩き出した。
瓦礫だらけの城。
壁は崩れ、天井も落ちている。
かつての威厳は、もうどこにもない。
それでも。
瓦礫をどかしながら進む。
やがて、比較的形の残っている部屋に辿り着いた。
床に落ちている服を拾い上げる。
埃まみれだが、破れてはいない。
「……まだ残ってた……」
ゆっくりと着替える。
だが。
昔とは違う。
服はぶかぶかだった。
痩せ細った身体では、かつての服は合わない。
エディルは少しだけ目を伏せる。
そのまま視線を落とすと、瓦礫の隙間にナイフが落ちていた。
拾い上げる。
刃は錆びている。
だが、使えないほどではない。
エディルは無言で髪を掴んだ。
そして。
ザクッ。
躊躇なく切り落とす。
長い黒髪が床へと落ちる。
何度も、何度も刃を入れる。
やがて、肩の位置までの長さになった。
整ってはいない。
だが、以前の姿に近づいた。
「……こんなもんか」
ナイフをその場に投げる。
そして、ふらつく足取りのまま歩き出す。
崩れた城。
骨だけになった仲間たち。
父。
ジュラ。
エディルは振り返らなかった。
ただ一言だけ、小さく呟く。
「……待ってろ」
誰に向けた言葉なのか。
それはもう、はっきりしていた。
エディルはそのまま――城を後にした。
魔界を歩く。
エディルはゆっくりと辺りを見渡した。
誰もいない。
あるのは――朽ちた遺体だけ。
かつて、この世界には膨大な自然が広がっていた。
森。
川。
海。
様々な種族が、それぞれの土地で暮らしていた。
魚人の村。
ドワーフの鍛冶場。
エルフの森。
訪れれば、必ず声をかけられた。
「エディル様じゃないですか」
「今日は何の御用で?」
そんな挨拶や、世間話。
笑い声。
それが当たり前だった。
だが――
今は、ない。
自然は少しずつ再生している。
草が生え、
木が芽吹き、
川も再び流れ始めている。
だが。
地面には今も残る。
襲撃の跡。
焼け焦げた大地。
砕けた岩。
そして――
骨。
魔族は、一人もいない。
「……本当に、皆殺しかよ」
エディルは静かに呟いた。
拳がゆっくりと握られる。
爪が手のひらに食い込む。
(あいつら……)
(絶対、殺す)
憎悪は消えない。
むしろ、歩くたびに濃くなっていく。
どこへ向かえばいいのか。
それすら分からない。
だが。
エディルの足は、自然と進んでいた。
向かう先は――
禁忌の森。
各種族の王族しか知らない場所。
魔界の奥深く。
誰も近づかない森。
そこにはある。
人間界へと繋がる扉。
(……大昔)
歩きながら、ふと思い出す。
(親父と行ったことある)
幼い頃の記憶。
イフリートの大きな背中。
森の奥。
重く閉ざされた扉。
「ここは禁忌の森だ」
父の声が蘇る。
「王族以外は、決して近づけるな」
その言葉をなぞるように、エディルは目を細めた。
そして。
その記憶だけを頼りに、足を前へと進める。
「……待ってろ」
低く、冷たい声。
「人間ども」
荒れ果てた魔界を背に。
エディルは――
禁忌の森へと歩き続けた。




