それでも戦えるかい?
アイリーン撃破後の、明朝。
王都。
勇者一行の部屋。
ドレイクは、ゆっくりと目を覚ます。
(……今日は、俺一人か)
天井を見上げながら、ぼんやりと思う。
(レックスとマリンは、二日前から合同任務)
(……アイリーンは――)
少しだけ、記憶を辿る。
(昨日の夕方から、やけに楽しそうに出ていったな)
ベッドから起き上がる。
肩を回す。
(……だりぃ)
今日の予定を思い出す。
書類仕事。
王都兵とのミーティング。
(クソつまんねえな)
露骨に顔が歪む。
戦うことは好きだ。
だが、こういう“仕事”は性に合わない。
その時。
バンッ!!
扉が、乱暴に開かれる。
「ドレイク様!!」
「うわ、なんだよ。びっくりすんだろ」
反射的に眉をひそめる。
だが。
入ってきた王都兵の様子で、すぐに察する。
息を切らし。
顔色が、明らかにおかしい。
(……ただ事じゃねえな)
文句は、飲み込む。
「……なんかあったのか?」
低く、問いかける。
「それが……アイリーン様が……」
言葉が、途切れる。
――嫌な予感。
「はっきり言え」
「……死亡、されました」
空気が、止まる。
「……は?」
一瞬。
理解が、追いつかない。
「テンガン地区の教会で……」
「信者の一人の女と、男に……」
そこまで聞いて。
ドレイクの思考が、止まる。
(……アイリーンが、死んだ?)
あの女が?
ありえねえ。
あいつは――
「……チッ」
小さく、舌打ち。
感情が、整理できない。
だが。
身体は、もう動いていた。
「場所は」
「テンガン地区の教会です!」
「行くぞ」
迷いはない。
ドレイクは、そのまま部屋を飛び出す。
向かう先は――
テンガン地区の教会。
ドレイクは、部下と共に馬へ跨る。
向かうは――テンガン地区。
王都からの距離。
どれだけ急いでも、四時間はかかる。
それでも。
手綱を強く握る。
「行くぞ」
短く言い、馬を走らせる。
風が、頬を打つ。
景色が、流れる。
だが――
頭の中は、止まったままだった。
(……嘘だろ)
(嘘って、言えよ)
(あいつが、殺されるはずねえだろ)
(しかも……信者に?)
信じない。
信じたくない。
ただ、前だけを見て走る。
やがて。
テンガン地区へと辿り着く。
相変わらずの、辺鄙な土地。
人の気配も薄い。
山を登る。
その先に――教会。
見た限り。
異常は、ない。
「……やっぱ嘘だな」
ドレイクは、小さく呟く。
胸の奥に、わずかな安堵。
だが。
「こちらです」
先に到着していた部下が、低く言う。
そのまま案内される。
教会から、少し離れた場所。
広がる、土地。
――空気が違う。
足を踏み入れた瞬間。
焦げた匂いが、鼻を刺す。
地面は、黒く焼け爛れている。
草木は、ほとんど残っていない。
戦闘の跡。
それも――異常な規模の。
そして。
ぽっかりと空いた、大きな穴。
地面が、抉られている。
その奥。
わずかに見える――地下。
例の、空間。
ドレイクは、足を止める。
「……」
さっきまでの“嘘だ”という感覚が。
ゆっくりと、崩れていく。
「ドレイク!」
背後からの声。
振り返る。
――レックスとマリン。
「ドレイク、聞いたよね?」
レックスが、慎重に言葉を選ぶ。
だが。
ドレイクは、何も答えない。
ただ、暗い顔で前を見たまま。
その様子に、マリンが小さくため息をつく。
「……こんなとこで男なんて漁ってるからよ」
地面の穴を指差し、吐き捨てる。
その瞬間。
「うるせえよ!!さっきから!!」
ドレイクが、声を荒げる。
「あら?本当のことじゃない」
マリンは、微塵も怯まない。
「こんなとこで男囲って」
「挙句の果てには殺されて」
「ほんと、バカみたい」
空気が、凍る。
「……てめえ、これ以上言ったら殺すぞ」
低い声。
ドレイクが、マリンの胸ぐらを掴む。
だが。
それでもマリンは、笑う。
「そうねえ」
「アンタは選ばれなかったもんね?」
くすくすと。
わざとらしく。
「選ばれてたら」
「とっくにアイリーンに殺されてるしねぇ?」
ドレイクの手に、力がこもる。
「……うるせえよ」
静かに。
だが、確実に怒りを含んだ声。
「まあ、アイリーンも変なことした報いね」
マリンが、肩をすくめる。
その一言で。
ドレイクの目が、変わる。
「……お前も、似たようなことしてんだろ」
「は?」
マリンの眉が、ぴくりと動く。
「何言ってんの?」
「アンタだって――」
言い終わる前に。
ドレイクが、拳を振り上げる。
「……っ!」
だが、その瞬間。
「二人とも、やめろ!!」
レックスが、声を張り上げる。
強引に、割って入る。
掴まれていた胸ぐらが、離れる。
張り詰めた空気だけが、残る。
「……大声出して悪かった」
レックスが、少しだけ視線を落とす。
「でも」
周囲を見渡しながら、続ける。
「こんなところで揉めてる場合じゃない」
「……わかった」
マリンが短く返す。
「……あぁ」
ドレイクも、それ以上は言わない。
二人が引いたのを確認して、レックスは小さく息を吐く。
「状況を整理しよう」
三人で、改めて周囲を見る。
焼け焦げた地面。
広範囲に渡る破壊。
ただの戦闘じゃない。
「……これ、普通の炎じゃないわね」
マリンが、冷静に呟く。
「ああ」
レックスが頷く。
「教会にいた信者の一人から話を聞いた」
「深夜に戦闘があったらしい」
「黒炎と――氷の魔法」
「……またかよ」
ドレイクが、低く吐き捨てる。
レックスは続ける。
「目撃情報もある」
「銀髪の女と、黒髪の男」
「女は“サクラ”と名乗っていた」
「男は……“エディル”」
一瞬、沈黙。
「サクラって誰?」
マリンが眉をひそめる。
「ユキノなら知ってるけど…」
「それに黒髪のエディルって……誰よ」
レックスが、ゆっくりと口を開く。
「サクラ……おそらく、ユキノだ」
「偽名を使っていたんだろう」
「まさかと思って、さっきの信者に手配書を見せた」
「顔とか全体は隠していたらしいが……」
「目の雰囲気とかが一致していたらしい」
「……へえ」
マリンが鼻で笑う。
「あの女、やるじゃない」
ぶっきらぼうに言い捨てる。
そして。
「問題はもう一人の方だな」
レックスの声が、わずかに重くなる。
「エディル……」
一拍、置く。
「俺の推測だが――」
「そいつは、魔族の生き残りだ」
空気が、変わる。
「魔族って……あの時、全員殺したはずだろ」
ドレイクが、低く言う。
レックスは、頷く。
「確かに、あの時は殺した」
「……ただ」
わずかに視線を落とす。
「一人だけ――最初に相対した炎の魔族」
「妙にしぶとかった奴がいた」
「……そいつが、生きていた可能性はある」
「何らかの形で生き延びて」
「今、俺たちに復讐を始めている――」
静かに、言い切る。
「経緯は分からない」
「だが――」
「ユキノと出会い」
「故郷を奪われた者同士で組んだと考えれば、辻褄は合う」
「……俺たちを、殺しに来る」
沈黙。
数秒。
「……上等じゃねえか」
ドレイクが、口を開く。
拳を鳴らす。
「魔族だろうが何だろうが」
「来るなら相手してやるよ」
その目には、迷いがない。
レックスは、わずかに目を細める。
「……それと、もう一つ」
「気になることがある」
二人の視線が向く。
「ノヴァも、アイリーンも」
「……みんな、自分の“故郷”で戦闘している」
「……つまり」
「奴ら、俺たちのことを調べている可能性がある」
空気が、わずかに重くなる。
「過去」
「経歴」
「……そして」
「俺たちの“正体”をいずれ知るだろう」
静かに、言い切る。
「……それでも、戦えるかい?」
沈黙。
マリンも。
ドレイクも。
言葉を失う。
だが。
「……別に」
マリンが、肩をすくめる。
「それでも、返り討ちにするわよ」
冷たく、言い放つ。
「……そうだな」
ドレイクも続く。
「関係ねえ」
「王都に逆らう奴は、全部潰す」
決意。
迷いはない。
レックスは、二人を見て。
ほんのわずかに、笑う。
「……そうだね」
そして。
勇者一行は。
エディルとユキノを迎え撃つため、
動き出す。




