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この世界はなんかおかしい  作者: 16時間
聖職者 アイリーン
58/78

もう大丈夫だよ

(……終わった)

とどめを刺した、その直後。

全身から、一気に力が抜ける。

膝が、わずかに揺れる。

押し寄せる、極度の疲労。

呼吸が、荒い。

視界が、少し霞む。


(……この感じ)


思い出す。

初めてユキノと出会い。

王都兵から助けた、あの時と同じだ。

あの時も、そうだった。


ただ一つ。

――助けたい、という感情。

それだけで、身体が動いた。

力が湧いた。


本来なら。

魔力なんて、とっくに枯れているはずなのに。

全盛期ほどの力など、出せるはずもないのに。

それでも。

動けた。

戦えた。


(なんでだ……)


理由を、探す。

追われていたからか。

都合が良かったからか。

自分好みの、可愛い女だからか。

何だかんだ、俺を慕ってくるからか。


――それとも。

(……本気で、好きになったからか?)


自分でも、分からない。

言葉に、できない。

だが、一つだけ。

確かなことがある。


ユキノだけは。

失いたくない。


魔界の惨劇。

父も、仲間も。

目の前で、何もできずに失った。

あんな終わりは、もういらない。


(……二度と)

ゆっくりと、顔を上げる。


視線の先。

横たわる、ユキノ。

エディルは、足を動かす。

ふらつきながらも。

確かめるように、近づいていく。


「……ユキノ」

エディルは、そっと名前を呼ぶ。

横に座り、顔を覗き込む。

息はある。

胸が、かすかに上下している。

――生きている。


(……良かった)

一瞬、安堵が広がる。


だが。

その身体を見て、言葉を失う。

無数の傷。

浅いが、数が多い。

棘に刺された跡。

血が滲み、全身が赤く染まっている。


「……痛えよな」

小さく、呟く。


「守れなくて、ごめんな」

「……目、覚ましてくれよ」

「頼むから……このまま、死なないでくれ」


声が、震える。

気づけば。

涙が、こぼれていた。

そっと、抱き寄せる。

壊れないように。

それでも、離したくなくて。


――その頃。

ユキノは、夢を見ていた。


アルディス山。

雪に覆われた、小さな集落。


両親。

友人。

そして――ハルキ。


隣を歩く。

笑う。

時には、喧嘩もする。

それでも、最後にはまた笑い合う。


当たり前だった日々。

もう、戻らない日々。


ハルキが、抱きしめる。

ユキノも、抱きしめ返す。


温かい。

大きな手。

鍛えられた体。

優しい目。


(……好き)

言葉にしなくても、分かる。


匂い。

特別なものじゃない。

でも、安心する。


(……ずっと、こうしていたい)

叶わない願い。


ハルキが、困ったように笑う。

何かを言っている。

声は、聞こえない。


でも――

“もう大丈夫だよ”

そんな風に、感じた。


(……なにが?)

景色が、揺らぐ。

薄れていく。

消えていく。


(待って……!)

(やだ……!)

掴めない。

届かない。

――引き戻される。



暑い。

誰かに、抱きしめられている。

体温が、やけに高い。


細い。

でも、力強い腕。


匂い。

焦げたような。

タバコのような。

どこか、雑で。

――少し、鼻につく。


「……くさい」

目が、開く。


「……ユキノ?」

エディルが、息を呑む。

うっすらと開いた瞼。

焦点の合わない視線。


――それでも、生きている。

「……良かった……」


心の底から、安堵が溢れる。

思わず、抱きしめる腕に力がこもる。

もう、離したくない。

二度と、失いたくない。


気づけば。

涙が、頬を伝っていた。


「……本当に、くさい」

「え?」

一瞬、思考が止まる。


「これタバコでしょ?」

「いい夢見てたのに……」

ぼそぼそと文句を言いながら、

ユキノの意識が、ゆっくり戻っていく。


そして。

状況を理解する。

自分は、抱きしめられている。

エディルに。


「ちょっ、離れて!暑いってあんた!」

「うるさい!俺は臭くない!」

「臭いのは本当!タバコ吸いすぎだっての!」

「……そこまで言う?」


軽口。

いつものやり取り。

だが。

エディルは、腕を離さない。


ユキノは呆れた顔をするが、

無理に振りほどこうとはしない。


(何が“もう大丈夫”なんだか)

(……でも)

(また、助けられたんだな)


心の中で、静かに思う。

やがて、そっと距離を取る。


「ちょ!いいとこじゃん!」

エディルが慌てる。


「とりあえず、ここ出ないと」

「捕まるよ?」


現実的な判断。

冷静な声。


「えー、またこの展開?」

「ね、いいから早く」

ユキノが、立ち上がる。

足元は、まだ少しふらつく。


それでも。

振り返り、手を差し出す。


「……お前、なんか優しくない?」

エディルが、少し驚く。


「優しくしないほうがいい?」

真顔で、返す。


「優しいユキノさんが大好きです!」

即答。


差し出された手を、掴む。

立ち上がる。

互いに、傷だらけ。

身体は、痛む。

それでも。

二人は、その場を後にする。

追っ手が来る前に。

確かに、生きて――

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