お前みたいな奴は大嫌いだ
(……なんで)
ユキノは、エディルを庇って――
愛牢に、取り込まれた。
目の前。
アイリーンは、変わらず微笑んでいる。
歪んだ、穏やかな笑みで。
(どうして、みんな)
(俺を残していく)
魔界襲撃の記憶が、蘇る。
燃える魔界。
崩れる城。
父も。
執事も。
仲間も。
――俺を残して死んでいった。
そして、今。
目の前で。
ユキノが、消えた。
胸の奥で。
何かが、音を立てて溢れる。
「もう少し時間がかかるので」
アイリーンが、淡々と言う。
「次は、魔族のあなたね」
鞭を、構える。
「順番だから」
「……ふざけんな」
エディルは、低く呟く。
その瞬間。
何もなかったはずの身体から――
“何か”が溢れ出す。
枯れたはずの魔力。
使えないはずの力。
それが、理屈を無視して湧き上がる。
怒り。
憎悪。
喪失。
そして――
「ユキノを返せ!!!」
叫びと同時に、空気が震える。
黒炎が、滲む。
揺らぐ。
まるで、生きているかのように。
エディルの背後。
“形になりきれない何か”が、浮かび上がる。
鎌のような輪郭。
影のような存在。
完全ではない。
だが――確かにそこにある。
かつての魔具。
ヘルファイア。
「……っ、これ……」
エディル自身も、理解していない。
だが、止まらない。
黒炎が、腕に絡みつく。
焼くのではなく。
“喰らう”ように。
「――ぶっ壊す」
低く、吐き捨てる。
最後に使ったのは――魔界襲撃の時。
それ以来、魔力は枯れ。
使えなくなったはずの力。
だが今、そこにあるのは――
完全な形ではない。
影のような、曖昧な存在。
不安定で、歪な力。
それでも、いい。
目の前の女を、殺す。
ユキノを、取り戻す。
――それだけで、十分だった。
「あら、それはなに?」
アイリーンは、笑みを崩さない。
だが、その瞳にわずかな揺らぎ。
「……うるせえよ」
エディルは、踏み込む。
ヘルファイアを、振り抜く。
黒炎が、迸る。
ただ燃やすだけではない。
まとわりつき――
侵食するように。
(……何、この炎)
初めて。
アイリーンの表情が、歪む。
その隙を、見逃さない。
「独りよがりの愛なんて――」
もう一歩、踏み込む。
「そんなもん、クソくらえだ!!」
二撃目。
今度は――愛牢へ。
直撃。
ミシッ、と。
嫌な音が、響く。
ヒビが走る。
広がる。
崩壊する。
――砕ける。
「っ……!」
中から、崩れ落ちる影。
ユキノ。
意識はない。
身体は、血に濡れている。
だが――
胸は、かすかに上下している。
(……良かった)
エディルは、息を吐く。
張り詰めていたものが、一瞬だけ緩む。
そっと、抱きかかえる。
壊れ物を扱うように。
「……ものすごく、熱いわ」
焦げた息。
肌は焼け、爛れ。
回復が、追いつかない。
「何この炎……まとわりついて……離れない……」
やがて、炎の中から抜け出す。
だが――
その顔に、もはや“穏やかな笑み”はない。
歪んだ怒りだけが、剥き出しになっていた。
「……てめえ、よくもやりやがったな!!」
声が、低く変わる。
地下で見せた、あの本性。
「どうして分かってくれないのよ!!」
「愛してあげるって、言ってんだろうがよ!!」
鞭を、振り上げる。
怒りと執着が、混ざり合った一撃。
だが――
「それが、お前の本性か」
エディルは、静かに言う。
ユキノを、そっと地面に横たえる。
乱暴には扱わない。
守るように。
一度、大きく息を吸う。
胸が、膨らむ。
空気が、震える。
――吐き出す。
黒炎のブレス。
だが、それは“いつものもの”ではない。
濃い。
重い。
まるで、空間そのものを焼き潰すような熱。
地面が、焦げる。
空気が、歪む。
「……っ!?」
アイリーンが、目を見開く。
回復が、間に合わない。
(……なんだ、これ)
エディル自身も、一瞬だけ驚く。
だが。
止まらない。
そのまま、踏み込む。
黒炎を纏ったまま。
一直線に。
「……また、この炎!!」
「しつこい!!」
黒炎の渦の中。
アイリーンは、もがく。
回復する。
だが――
焼かれる。
癒す。
だが――
また、纏わりつく。
終わらない。
逃げられない。
状況は、逆転していた。
押されているのは――アイリーン。
(……どうにか、しないと)
焦りが、滲む。
その時。
黒炎の奥。
影が、揺れる。
エディル。
ゆっくりと、現れる。
黒炎を纏いながら。
その目は――冷たかった。
(……これ、どこかで)
アイリーンの中で、記憶が蘇る。
生前。
自分を振った男たち。
最後に見せた、冷たい目。
そして――
ロイ。
愛牢に飲み込む、その直前。
ほんの一瞬だけ。
冷たい目をしていた。
そして、今。
目の前の男。
同じ目をしているがそれに加えて、
感情を、殺したような。
確実に、“殺す”と決めた目。
(……みんな、私を拒絶する)
(……愛してほしかっただけなのに)
思考が、巡る。
過去が、流れる。
だが。
もう、何も変わらない。
「……女でも」
エディルが、口を開く。
低く。
静かに。
「お前みたいな奴は、大嫌いだ」
否定。
完全な拒絶。
その言葉が、刺さる。
一瞬。
ほんの一瞬だけ。
アイリーンの表情が、揺らぐ。
――次の瞬間。
黒炎が、振り下ろされる。
不完全なヘルファイア。
だが――
確かに、“終わり”をもたらす一撃。
黒炎が、アイリーンを包み込む。
そのまま。
消えていく。




