ずっと一緒
深夜。
皆が寝静まった頃。
アイリーンは、そっと外に出た。
振り返る。
そこにあるのは、孤児院。
古びた建物。
けれど――
自分にとっては、何よりも大切な場所。
異世界で目覚めて。
受け入れられて。
初めて、“生き直せた”場所。
笑って。
泣いて。
喧嘩して。
――全部、ここにあった。
(……楽しかったなぁ)
ぽつりと、胸の中で呟く。
もうすぐ、この場所も終わる。
分かっているのに。
どこか、現実感がなかった。
その時。
「……ちょっといい?」
後ろから、声がした。
振り返る。
そこにいたのは――ロイ。
同い年で。
この孤児院で、ずっと一緒に過ごしてきた少年。
「どうしたの?」
自然と、声が柔らかくなる。
ロイは少しだけ言葉を選ぶように視線を落とし、
「……ちょっと、話したくて」
と、短く言った。
二人で、並んで座る。
夜の空気は、ひんやりとしていて。
静かだった。
風の音だけが、微かに聞こえる。
言葉は、すぐには出てこない。
けれど――
その沈黙は、嫌なものじゃなかった。
「あのさ」
ロイが、ぽつりと口を開く。
「アイリーンは、ここ出たらどこに行くの?」
「どこって……」
言葉が、詰まる。
帰る場所なんて、ない。
元の世界には戻れない。
ここ以外に、自分の居場所は――どこにもない。
沈黙が落ちる。
その隙間を埋めるように、ロイが続けた。
「俺さ、親に捨てられて」
淡々とした口調。
けれど、その奥にあるものは軽くない。
「里親とかも紹介されたけど……なんか、しっくり来なくてさ」
視線を、少しだけ逸らす。
気まずい空気が流れる。
だが、ロイはそこで止まらなかった。
小さく息を吸って――
「家族なんて、正直いらないと思ってた」
はっきりと言う。
「でも……」
少しだけ、声が揺れる。
「もう、自分で人生を歩かなきゃいけないんだなって思ってさ」
そして。
覚悟を決めるように、アイリーンを見る。
まっすぐに。
逃げずに。
「……だから」
一拍。
「俺と、一緒に家族になってくれませんか」
(これが――私の欲しかったもの……)
胸の奥が、満たされていく。
温かくて。
苦しくて。
でも――確かに“ある”。
(これが、本当の愛)
愛してる。
ずっと一緒にいられる。
一生。
(やっと……これで……)
その瞬間。
アイリーンの中で、何かが弾けた。
魔力が、一気に膨れ上がる。
――だが。
それは、かつての優しい光ではなかった。
どろりとした、重い気配。
甘く、歪んだ“何か”。
「……ずっと一緒にいたい」
それは、本心だった。
偽りのない願い。
――その背後に。
ゆっくりと、“それ”が現れる。
巨大な鉄の棺。
内側に無数の棘を秘めた――
愛牢。
「……アイリーン、それ……なに――」
ロイが、戸惑いの声を上げる。
だが。
最後まで言葉になることはなかった。
閉じる音。
鈍く、重い音が――夜に響く。
静寂。
「……やっと、手に入れた」
アイリーンは、呟く。
その声は、どこか安堵に満ちていた。
「私の……欲しかったもの」
目の前には、愛牢。
その中に――ロイ。
もう、離れない。
もう、どこにも行かない。
(これで……ずっと一緒)
その感情は、確かに“愛”だった。
だが――
もう、元の形ではなかった。




