何がある?
その夜。
皆で夕食をとり、祈りを捧げた後は
――就寝までの束の間の自由時間。
信者たちは思い思いに過ごしていた。
雑談を楽しむ者、静かに過ごす者、それぞれが穏やかな時間を共有している。
そんな中、ユキノはエディルを呼び出した。
向かった先は――誰もいない礼拝堂。
夜の礼拝堂は、どこか不気味だった。
昼間と変わらぬ静けさのはずなのに、暗闇がそれを一層際立たせる。
人の気配がないことが、逆に重くのしかかるような空間。
その中で、ユキノは小さく口を開いた。
「あ、あのね……エディル……」
「なんだ?」
エディルは周囲をきょろきょろと見回し、落ち着きがない。
その様子に少しだけ苛立ちながらも、ユキノは続ける。
「聞いた話なんだけど――」
「あ、待って」
エディルが手を上げて遮った。
「プロポーズは俺からする」
きっぱりと言い切る。
――完全に、話を理解していない。
ユキノは、無表情のままエディルの頭に拳骨を落とした。
「痛いって! 冗談! いや、冗談じゃないけど?!」
エディルは頭を押さえながら、慌てて弁明する。
「……話、聞けますか?」
冷たい声で問うユキノ。
「聞けます」
エディルは素直に頷いた。
ユキノは、昼間に信者から聞いた話を伝える。
この教会には“秘密の部屋”があり、男が時折いなくなるという噂があることを。
そこまで聞いたところで、エディルがふと何かを思い出す。
「……そういえば、外に変な入り口あったな」
「知ってるの?」
ユキノが身を乗り出す。
エディルは頭をかきながら、思い出すように言った。
「昼間さ、仕事サボって外でタバコ吸ってたんだよ」
「ちょっと。仮にも神聖な教会でタバコ吸わないでよ」
「俺は魔族だぞ? 神聖もクソもあるか」
「……そうだったね」
ユキノは小さく苦笑する。
エディルは続けた。
「そしたらさ、地面に妙に古びた入り口みたいなのがあってさ」
「なんだこれって思って近づこうとしたら、足音がしてな」
「その時はタバコがバレたら面倒だから逃げたんだけど……」
少し間を置く。
「……あれ、なんかあったな」
しみじみと呟くエディル。
ユキノはその話を聞き、静かに口を開いた。
「じゃあ――深夜」
「その入り口、行ってみない?」
「……まじ?」
一瞬だけ驚いた顔を見せるエディル。
だが、すぐに口元を歪めた。
「当たり前だろ」
深夜。
皆が寝静まった頃。
この教会では、信者は男女別々の部屋に分かれ、集団の居住スペースで眠っている。
ユキノは、他の女性信者を起こさないよう、そっとベッドを抜け出した。
足音を殺しながら、静かに外へ出る。
――教会の裏手。
そこには、すでにエディルの姿があった。
壁にもたれ、気だるそうにタバコをくゆらせている。
その姿に気づき、エディルは声を出さず、小さく手を振った。
ユキノは近づきながら、小声で言う。
「あのさぁ……魔族でもなんでもいいけど、人待つのにタバコ吸うのやめて」
「だって暇だったもん」
悪びれもせず、エディルは答える。
「それに――飯食ったあとのタバコは、世界一美味い」
言い切るその顔は、妙に満足げだった。
「……はぁ」
ユキノは呆れたようにため息をつく。
だが、それ以上は何も言わない。
(今はそれどころじゃない)
気持ちを切り替え、視線を前に向ける。
エディルはタバコを足元で踏み消し、軽く顎で合図した。
「こっちだ」
二人は言葉を交わすことなく、歩き出す。
教会の裏手――
闇に紛れるようにして、“あの入り口”へと向かう。
教会から少し離れた場所。
畑もなく、ただ広がるだけの荒れた土地。
一見すると、何もないように見えるその一角に――それはあった。
地面に埋め込まれた、小さな正方形の扉。
人が一人、ようやく通れる程度の大きさ。
使い古された鉄の扉は、ところどころ錆びついている。
「ほら、これ」
「……うわ、不気味」
ユキノは思わず本音を漏らした。
周囲には、虫の鳴き声すらない。
静けさだけが、妙に耳につく。
「まあ、不気味でもなんでも……行くしかねえだろ」
エディルは迷いなく、扉に手をかける。
ぎ、と鈍い音を立てて開いたその下には――
地下へと続く、一本の梯子。
奥は闇に沈み、底は見えない。
「ほら、降りろよ」
軽く顎で示しながら、エディルが促す。
ユキノは一瞬だけ躊躇した。
(……行くしかない)
小さく息を吐き、意を決して梯子に足をかける。
冷たい鉄の感触が、指先に伝わった。
ゆっくりと、下へ。
その背を追うように、エディルも梯子を下りていく。
――光は、すぐに閉ざされた。
梯子を降りきった二人。
光は完全に遮断され、周囲は闇に沈んでいた。
地下特有の湿った空気が、じわりと肌にまとわりつく。
「……暗くて、何も見えないね」
ユキノが不安げに呟く。
「俺はこういうの、大好きだけどな」
対照的に、エディルはどこか楽しそうだった。
とはいえ、視界が利かないのは不便だ。
「……これなら見えるか?」
エディルは手のひらに、小さな炎を灯す。
だがそれは――黒い炎。
揺らめく光が周囲を照らすたび、影が歪に伸びる。
かえって、不気味さを際立たせていた。
「……怖いよ」
ユキノは小さく笑う。
「えー? こういう色ってムード満点じゃないの?」
「0点だよ」
即座に切り捨てる。
エディルは少しだけ不満そうに口を尖らせた。
そのまま、炎を出していない方の手で――ユキノの手を掴む。
「……これなら、いいだろ」
顔は闇に紛れて見えない。
だが、その声にはわずかな緊張が滲んでいた。
「バカなこと言ってないで、早く行くよ」
いつも通り、そっけなくあしらうユキノ。
けれど――
その手は、ほんの少しだけ強く握り返される。
暗い地下道を、二人は並んで進む。
ただ、ひたすらに続く長い廊下。
変化はなく、重く湿った空気だけがまとわりつく。
足音が、やけに響いた。
「こんなとこに、何があるの?」
ユキノが小さく問う。
「……さあな」
エディルは短く答える。
先ほどまでの軽さは消え、周囲を警戒しながら歩いていた。
やがて――廊下は行き止まりに突き当たる。
だが、そこにあったのは“壁”ではなかった。
巨大な扉。
この地下にあるとは思えないほどの大きさと、異様な重厚感。
ただそこに在るだけで、空気を押し潰すような存在感を放っている。
まるで――何かを封じ込めているかのように。
「これって……」
ユキノは思わず息を呑む。
エディルも一瞬だけ目を細めたが、すぐに扉へと歩み寄る。
錠を確認する。
鉄製の南京錠。
――躊躇はなかった。
素手で、それを握り潰す。
鈍い音とともに、錠が砕けた。
「行くぞ」
短く言い、エディルは扉に手をかける。
重い音を立てて、ゆっくりと開かれていく。
その先にあるものを確かめるように――
二人は、室内へと足を踏み入れた。




