どこだっていい。
翌日。
差し込む日の光で、ユキノは目を覚ました。
だが、それは朝ではない。
すでに昼前だった。
(こんなに寝たの、久しぶりかも)
普段は早起きのユキノだが、前日の激闘の影響は大きい。
身体のあちこちに残る痛みが、それを物語っていた。
ゆっくりと身を起こし、ふと隣を見る。
――エディルの姿がない。
(……どこ行ったの?)
わずかな不安を抱えたまま、ユキノは洞窟の外へ出た。
すると、入口付近で――
項垂れるように座り込んでいるエディルの姿を見つける。
「……どうしたの?」
ユキノは近づきながら、少し心配そうに声をかけた。
その声に気づき、エディルはゆっくり顔を上げる。
「……タバコがない」
「は?」
間の抜けた声が、思わず漏れる。
「俺の朝はタバコって決めてんのに……くそ……」
本気で落ち込んでいる様子だった。
(ほんとにこいつは……)
ユキノは小さくため息をつく。
昨日の戦闘。
そして、自らを魔族だと明かしたあの時の神妙な表情。
自分とはまるで違う世界で生きてきた存在なのだと、はっきりと思い知らされたばかりなのに――
現実はこれだ。
(……昨日のエディルはどこへ行ったの)
呆れながらも、ユキノはエディルの手を取り、無理やり立ち上がらせる。
「そんなこと言ってないで、早く行くよ」
「タバコは?」
「いいから早く!」
有無を言わせず引っ張るユキノ。
エディルは不満げな顔のまま、それに引きずられるように歩き出した。
こうして二人は、再び歩き出す。
――次の勇者一行を探すための旅を。
道中、エディルがふと口を開く。
「次はどうすんの?」
「次はね……」
ユキノは足を止め、地図を広げる。
少し考えたあと、指で一点を示した。
「ここからだと……テンガン地区が近いかな」
「なんだそこ」
エディルは興味なさげに返す。
ユキノは続けて、プロフィール表を広げた。
「ほら。この“アイリーン”って人の出身地らしいよ」
「……ほう」
その瞬間、エディルの口元がわずかに歪む。
「なんで笑ってんの」
ユキノがじとっと睨む。
「可愛い女だから」
即答だった。
「……ほんとあんた馬鹿」
呆れた声が落ちる。
「……そんなこと言って、どうせ復讐するんでしょ?
目的、忘れてない?」
「忘れるもんか! だけどな――」
エディルは胸を張る。
「俺、女には弱い。本当に弱い」
清々しいほどの開き直りだった。
ユキノは何も言わず、視線を逸らす。
(もういいや、こいつ……)
そんな空気を感じ取ったのか、エディルはニヤつきながら距離を詰める。
「……もしかして、嫉妬?」
次の瞬間。
ユキノの拳が、エディルの腹にめり込んだ。
声にならない悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちるエディル。
地面の上でのたうち回る。
それを見下ろしながら、ユキノは冷たく言い放った。
「ふざけたこと言ったら、次は顔面だぞ」
「……もう二度といいません……」
かすれた声で、エディルはそう答えた。
そんなやり取りを経て。
二人は、テンガン地区へと歩みを進める。
テンガン地区へ向かう道中。
ユキノはお尋ね者という立場上、人目を避けるよう慎重に進んでいた。
自然と足を運ぶのは、ならず者たちが集まる闇市や酒場。
そこで物資や衣類を調達していく。
そんな折――
何気ない会話が、耳に入った。
「そういや、例の教会ってお前行ったことあるか?」
「アイリーン様の管轄してるとこだろ? あるぞ。飯もらいに行ったら、めちゃくちゃご馳走してくれた」
「本当に?」
「普通に美味かったぞ? だからなんだよ」
「いや……あそこの教会、やばいって噂あるぞ」
「はあ? どんな噂だよ」
「誰でも訪れれば助けてくれるらしいけど――その代わり、男は無事じゃ済まないって」
一瞬の沈黙。
「……なんだそれ。俺、こうして普通に生きてるけど?」
二人は顔を見合わせ、軽く笑い合う。
そのやり取りを、エディルは横目で捉えていた。
(……なんだそれ)
表情は変えず、しかし確かに――耳を傾ける。
「どんな目に遭わされるのか、見てみたいなー」
「ガハハ、違いねえ!」
男たちは軽口を叩き合い、笑い声を響かせていた。
その輪に、エディルがさりげなく入り込む。
「なあ。その教会って、どこにあんの?」
「あ? なんだお前」
訝しげな視線が向けられる。
だが、エディルは気にした様子もなく肩をすくめた。
「……俺、仕事してねえし」
「明日食うもんにも困ってんだよ」
軽い調子で続ける。
「施しもらえるなら、行きてえじゃん」
その言葉に、もう一人の男がくくっと笑った。
「まあまあ、いいじゃねえか」
そしてエディルを上から下まで眺め、にやりと口元を歪める。
「だけどな、兄ちゃん」
「確かにあそこは、どんな奴でも受け入れてくれるが……」
少しだけ声を落とす。
「お前みたいな“顔のいい奴”は、気をつけろよ?」
そのまま、教会の場所を簡単に教えた。
「……へえ、ありがと」
軽く手を挙げ、エディルはその場を離れる。
(教会、か)
歩きながら、ふと考える。
(魔族が聖域に入っていいのか?)
だが、すぐにどうでもよさそうに息を吐いた。
(……まあいい)
(勇者の一人を殺せるなら、どこだって同じだ)
思考を切り替え、足を速める。
そして――
少し離れた場所で待つユキノのもとへ、軽く駆け寄っていった。




