選ばれたのが本当だとしても
「人器についてって……?」
ユキノは戸惑いながら問い返す。
だがエディルは、そのまま言葉を重ねた。
「さっきのノヴァが使ってたやつもそうだ」
「……過去に魔界を侵略してきた勇者も、同じだった」
低く、淡々とした声。だが、その奥にはわずかな苛立ちが滲んでいる。
「どうして、ただの人間が……あそこまで桁違いの武器を扱える?」
エディルは眉を寄せ、続ける。
「俺が勇者と対峙した時、魔具を出した」
「そしたらあいつ、俺のそれを見て――」
一瞬、言葉を切る。
「“人器と一緒じゃん”って、笑いやがった」
その記憶を思い出すだけで、不快そうに舌打ちする。
「魔具と人器の構造が同じなら……なおさら意味が分からねえ」
「なんでそこまで強大な武器まで成長出来るんだ」
エディルは珍しく頭を抱えた。
考えることを嫌う男が、思考に沈んでいる。
ふと、何かを思い出したように顔を上げる。
「……ノヴァ、言ってたな」
「“神に選ばれた”って」
ぽつりと呟く。
それを聞いたユキノも、はっとしたように口を開いた。
「そういえば……王都にいた勇者一行のファンの人も言ってた」
「“神に選ばれた”って」
一瞬、静寂が落ちる。
「あのキモいやつか」
エディルは鼻で笑った。
「なんか……別の世界から来たかもしれない、とかも言ってたよね」
「んなわけあるか」
即座に否定する。
吐き捨てるように笑い、そして肩の力を抜いた。
「……やっぱ俺、考えるの向いてねえわ」
そう言って、どさりと横になる。
「今日はもう寝る」
「明日になったら――また勇者一行ぶっ潰すぞ」
「なにそれ」
ユキノは呆れたように笑う。
だがその声には、どこか安堵も混じっていた。
やがて彼女は静かに目を閉じ、穏やかな寝息を立て始める。
エディルはその横顔を、しばらく黙って見つめていた。
(……もし、“神に選ばれた”ってのが本当でも)
ゆっくりと目を細める。
(そんなの関係ねえ)
(ふざけた奴らは――)
(全員、殺す)
胸の奥に沈めた怒りを、静かに固めながら。
エディルはユキノの隣で、ゆっくりと目を閉じた。
――その頃、勇者一行。
場所は王都。彼らに与えられた控室。
窓の外は深い夜に沈み、日付はすでに変わっていた。
レックスの急な呼び出しによって集められた面々は、露骨に不機嫌だった。
「……せっかく寝てたのに、なんだよ」
ドレイクが苛立ちを隠さず吐き捨てる。
「話なら明日でもよくない?」
マリンも半分眠ったまま、気だるそうに続けた。
「私も眠いよー……あれ?」
アイリーンは欠伸を噛み殺しながら、周囲を見回す。
「そういえば、ノヴァ君は?」
その一言で、ほんの一瞬――空気が止まった。
レックスが口を開く。
「……ノヴァが死んだ」
短く、静かな声だった。
「は?」
ドレイクの低い声が響く。
レックスは淡々と続けた。
「アルマ地区で大規模な戦闘があったらしい」
「そこで……敗れて、死亡した」
事実だけを並べた報告。
だが、その重さは十分すぎるほど伝わる。
「っていうか、なんであいつそんなとこにいたの?」
マリンが眉をひそめる。
「任務なんてあったかしら?」
レックスは一瞬だけ目を伏せた。
「……ユキノを探していたらしい」
「王都を出る前に言っていた」
「“もし捕まえたら、褒美よこせよ”ってな」
小さく息を吐く。
「……ノヴァらしい」
その言葉に、誰も返さなかった。
部屋は静まり返り、沈黙が落ちる。
やがてレックスが、静かに言った。
「……黙祷を」
そうして目を閉じる。
他のメンバーも、それに倣った。
深夜の控室に、わずかな静寂だけが満ちていた。
静寂だった空気が、ふいに揺らぐ。
アイリーンが、すっと手を挙げた。
「ごめんね、ちょっといいです?」
「どうぞ?」
レックスは穏やかに促す。
「こんな時に言うのもアレなんですが」
「私、正直ノヴァ君……嫌いでした」
一瞬の間。
「ふっ」
マリンが思わず吹き出す。
だが、アイリーンは気にせず続けた。
「だって、話し方もアレだし」
「デートデートって、しつこかったですもん」
そっぽを向いたまま、吐き捨てるように言う。
「……まあ、あいつはそういうとこあったよな」
ドレイクも頷きながら、否定はしなかった。
「でしょ?!」
アイリーンはすぐに食いつく。
「それに普段もなんかイキってたし」
「転生者の件だって、自分は選ばれた人間だからって……ちょっと横柄すぎましたよね」
「別に、ノヴァ君だけじゃないのに……」
「――おっと、そこまで」
レックスがやんわりと制止する。
だがその表情は、どこか楽しげに緩んでいた。
「確かに、あいつはこの中で一番弱かった」
「魔法もろくに使えなかったし」
肩をすくめる。
「転生のこともね……普段から鼻にかけてたのは事実だ」
一拍置いて、続ける。
「ただ――あいつのおかげで、王都に逆らう反逆者の存在は把握できた」
「……というと?」
マリンが問い返す。
「アルマ地区の戦闘だが、目撃証言がいくつか上がっている」
レックスは報告書に目を落とした。
「氷と、黒炎が確認されたらしい」
「氷って……もしかしてユキノってやつか?」
「生きてたのか?」
ドレイクが目を見開く。
「かもね。アルディス山の件も含めて、関与している可能性は高い」
「じゃあ黒炎は?」
「……戦闘の前、孤児院に“ある男”が訪ねてきたそうだ」
「黒髪で、女たらしみたいな……いかにも軽そうな奴」
淡々と続ける。
「そいつが怪しい」
「はぁ……反逆者が多くて大変ですね」
アイリーンは心底うんざりした様子でため息をついた。
(黒炎、黒髪、男……まさかな)
レックスの脳裏に、過去の光景がよぎる。
魔界襲撃。
黒炎を操る魔族の男。
――確かに、自分がこの手で殺した。
生きているはずがない。
だが、確証もない。
ゆっくりと息を吐く。
やるべきことは、一つだけだ。
「……まあ、いいさ」
顔を上げ、穏やかに笑う。
「とにかく、俺たちは王都の平和を守る」
「仇なす者には、制裁を」
そして、当たり前のように言い切った。
「俺たちは――選ばれた人間なんだから」
その言葉に、誰も異を唱えない。
静かに、しかし確かに。
彼らの意思は一つにまとまっていく。
――エディルたちは、まだ知らない。
勇者一行が“転生者”であること。
その裏に、数多の犠牲が積み重なっていること。
そして何より――
それらすべてを、彼ら自身が“善意”だと信じて疑っていないということを。




