ノヴァという男 2
最初は――ただ、楽しかった。
弓。
引いて、放つ。
狙って、当てる。
まるで、生前やっていたゲームのようだった。
FPS。
画面の中でやっていたことを、現実でなぞる感覚。
(……おもしろ)
動機は、それだけだった。
だが。
意図せず――才能が開花した。
魔法。
この世界では、誰もが何かしらの属性を扱う。
炎。水。風。
だが、ノヴァにはそれがなかった。
代わりに。
弓だけは、誰にも負けなかった。
「ノヴァすごいじゃん!」
「ノヴァくん、上手すぎるわねぇ!」
周囲の声。
子どもたち。
職員。
「……別に、普通」
そう返しながらも。
胸の奥に、何かが灯る。
認められる。
褒められる。
必要とされる。
(……悪くない)
むしろ。
(……気持ちいい)
だが。
その“気持ちよさ”は――
力を生むことに、気づいた。
(……褒められて嬉しいから?)
違う。
(……なんだ、この感覚)
矢を放つ。
命中する。
その瞬間。
体の奥で、“何か”が増幅する。
精度。
感覚。
集中力。
すべてが、ほんの少しだけ。
上がる。
「すごい!」
また、声が飛ぶ。
そのたびに。
“力”が、伸びる。
(……ああ)
理解する。
(これ、か)
ノヴァの能力。
他者からの感情。
承認。
評価。
視線。
それらを受けるたびに――
自身の力が、底上げされていく。
(……面白い)
口元が、わずかに歪む。
生前。
得られなかったもの。
承認欲求。
それを満たすことで、さらに強くなる力。
(……じゃあ、もっと)
ノヴァは、弓を構える。
「……見てろよ」
ただ、他者から認められるだけで良かった。
――そのはずだった。
いつの間にか。
それは、悪意へと変わるとはこの時はまだ想像もつかなかった。
その後――
月日は流れた。
ある程度の年齢に達した頃。
施設の職員が、ふと声をかける。
「弓、上手いんだからさ」
「狩りとか、やってみない?」
(狩り……か)
ノヴァは少しだけ考える。
(楽しそうだな)
(スローライフってやつ?)
軽い気持ちで、頷いた。
それが、始まりだった。
地元の猟友会。
そこにいるのは、子どもたちとは違う。
年上の、大人たち。
最初こそ空気は違ったが。
結果を出せば、すぐに変わった。
「おいノヴァ、今の見たか?」
「すげえな、お前」
「その距離で当てるかよ」
素直な称賛。
飾らない言葉。
「……別に」
そう返しながらも。
内側で、何かが満たされていく。
(……楽だな)
口が上手くなくてもいい。
気を使わなくてもいい。
結果を出せば、それでいい。
(現実の仕事じゃ、誰も褒めてくれなかったのに)
ふと、生前を思い出す。
だが、その感傷も。
すぐに消える。
「ノヴァ!次こっち頼む!」
呼ばれる。
必要とされる。
それで、十分だった。
気づけば。
年齢も関係なく、猟友会の中に溶け込んでいた。
その時だった。
「なあ、ノヴァ」
一人の男が、声をかける。
「お前さ」
「王都の護衛、やってみないか?」
「……なんで」
ノヴァは、気だるそうに返す。
猟友会の男は気にせず、続けた。
「俺の友達の息子がさ、王都で働いてたんだけど」
「ちょっと体壊して、辞めることになってよ」
「で、代わりの人手探してるらしくてな」
男はニヤッと笑う。
「お前の顔、浮かんだんだよ」
バシッ、バシッと肩を叩かれる。
「痛い」
ノヴァは淡々と言う。
(……めんどくさ)
正直、断りたかった。
狩りの仕事。
猟友会の連中。
今の環境で、十分だった。
(これ以上、広げる必要あるか……?)
「お前ならいけるって」
「絶対通用する」
男の言葉は、軽い。
だが――
そこには、嘘がなかった。
(……信頼、されてる?)
その感覚に。
わずかに、引っかかる。
(……まあ)
完全に、悪い気はしなかった。
少しだけ、考えて。
「……期間限定なら」
ぶっきらぼうに、そう答える。
「おっ、マジか!」
男が笑う。
ノヴァは視線を逸らす。
(……まあ、いいか)
その選択が。
後に、自分を大きく変えることになるとは。
この時のノヴァは、まだ知らない。
「……だるっ」
王都の護衛として働き始めて、一ヶ月。
ノヴァは、早くも文句を垂れていた。
(起きる時間も寝る時間も決まってるし)
(訓練だるいし)
(この甲冑、重いし)
(てか後方支援ばっかだし)
規律。
統制。
命令。
猟友会とは、まるで違う。
ある程度は覚悟していた。
だが、それ以上に――
面倒だった。
(……つまんね)
少しは華やかな仕事を期待していた。
だが現実は、新人扱い。
後方支援ばかり。
(まあいい)
(期間限定だし)
(適当にやって、すぐ戻る)
ノヴァは、そう決めていた。
だが。
その日は、違った。
「今回の任務は――犯罪組織の壊滅だ」
実戦。
現場に出た瞬間。
空気が変わる。
(……多くね?)
想定より、明らかに数が多い。
配置もおかしい。
(聞いてねえよ)
舌打ちしながらも、ノヴァは動く。
一人を狙う。
逃げる背中。
弓を引く。
放つ。
いつも通り。
追い詰める。
――はずだった。
「っ!?」
次の瞬間。
魔法が、飛んでくる。
直撃。
「……っ、痛え」
体が揺れる。
視界がブレる。
「ザマァねえな!!」
敵の男が、笑いながら逃げる。
(……クソが)
胸の奥で、何かが軋む。
苛立ち。
「逃げんな」
ノヴァの目が、細くなる。
次の瞬間。
矢が放たれる。
ヒュンッ
男の足に、正確に突き刺さる。
(入った……)
確実な手応え。
次の瞬間。
「っ!!」
男が振り返る。
歪んだ顔。
怒りに染まった目。
「ふざけやがってぇ!!」
魔法が放たれる。
だが――
さっきより、雑だ。
ノヴァは体をわずかに傾け、それを避ける。
(……遅い)
冷静に、そう判断する。
その時だった。
胸の奥が、わずかに高鳴る。
(……なんだ、これ)
視界が、研ぎ澄まされる。
動きが、見える。
呼吸のリズム。
筋肉の動き。
次の行動。
すべてが、手に取るように分かる。
(……さっきより、見える)
弓を引く。
自然と、照準が合う。
放つ。
ヒュンッ
再び、命中。
「ぐあっ!?」
男が崩れる。
ノヴァは、わずかに眉をひそめる。
(……おかしい)
さっきより。
明らかに、精度が上がっている。
(なんで――)
視線を、男に向ける。
「……顔やばいよ」
ぽつりと、呟く。
「めっちゃキレてるじゃん」
その瞬間。
男の顔が、さらに歪む。
「殺す……!!」
憎悪。
その感情が。
空気を震わせるほど、強くなる。
――ゾワッ
ノヴァの背筋に、快感が走る。
(……ああ)
理解する。
(これか)
さっきの“違和感”。
褒められた時とは違う。
もっと、濃い。
もっと、強い。
(承認なんかより)
口元が、ゆっくり歪む。
(こっちの方が、効率いいじゃん)
矢を構える。
「ほら、来いよ」
「もっと怒れ」
無意識だったはずの“煽り”が。
明確な“手段”に変わる。




