ふざけるのもいい加減にしろ
「……俺は魔族だ」
エディルは、短く言った。
「勇者一行に滅ぼされた――魔界の魔族」
静寂、
風の音だけが響く。
「……そうなんだ」
ユキノは、ぽつりと返す。
驚き。
困惑。
そして――
ほんのわずかに、怯え。
(……やっぱり、怖いよな)
エディルは、そう思った。
当然だ。
命の恩人でも――
“魔族”という事実は、重い。
だが。
今は、それどころじゃない。
「まあ、詳しい話は後だ!」
エディルは強引に話を切る。
「それより――あのふざけた顔面の奴、ぶっ殺す」
「ふざけた奴は分かるけど、顔面は余計でしょ」
ユキノが小さく笑う。
いつもの軽口。
エディルも、つられて口元が緩む。
ほんの一瞬だけ。
――その瞬間。
ヒュンッ
矢が、二人の間に突き刺さる。
空気が、裂けた。
「ねえ」
気怠そうな声。
「だからさ、そこでいちゃつくのやめてくんない?」
ノヴァ。
すぐそこに、いる。
「……チッ」
エディルが舌打ちする。
「だからてめえは空気読めって言ってんだろうが!!」
怒号。
同時に、黒炎が吐き出される。
先ほどよりも、明らかに強い。
炎は木々を焼き、森の一角を赤く染める。
「ったく」
ノヴァの声は、変わらない。
「森林破壊も大概にしなよ」
「知るか!!」
エディルは踏み込む。
「てめえに空気読むってこと、教えてやらぁ!!」
衝突。
一騎討ちが、始まる。
その間に。
「……ユキノ!」
エディルが叫ぶ。
「離れろ!遠くに行け!」
ユキノは頷く。
足を引きずりながら、森の奥へと離れていく。
振り返る。
燃える木々の中。
対峙する二つの影。
(……絶対、負けないで)
ユキノは、祈るように。
その場を離れた。
「隠れてねえで出てこいや!!」
エディルが叫び、黒炎を吐き出す。
森を焼く熱。
だが――
「出てくるわけないだろ、アホか」
気怠い声。
姿は見えない。
それでも。
ヒュンッ
ヒュンッ
矢は、止まらない。
「……っ!」
数本が、エディルの体に突き刺さる。
だが、止まらない。
その場で矢を引き抜き、血を撒きながら踏み込む。
「いや、ほんとしぶといね」
ノヴァの声は、どこか楽しそうだ。
「そんな火吹いて、魔力枯れるよ?」
一拍。
「……あ、もうそんな魔力ないか」
「角もないし」
「空も飛べないし」
「……弱くなったね」
エディルの足が、わずかに止まる。
ノヴァは、その隙を逃さない。
「そういやさ」
「お前の前に死んだやつ」
「……あれ、父親?」
空気が、凍る。
「いやさ」
「めっちゃ威厳あってさ」
「家族や仲間に手出すなー、とか言ってたのに」
間。
「一瞬で死んだの、普通にウケた」
「その前の天使もそう」
「威勢だけは良かったのに、すぐ死んだよね」
笑う。
軽く。
無邪気に。
「ほんと傑作」
「魔界、弱すぎだろ」
その瞬間。
エディルの動きが、完全に止まる。
「……ふざけるのも」
低く。
押し殺した声。
「いい加減にしろ」
顔が、ゆっくりと上がる。
その目には――
底の見えない、殺意と憎悪。
「てめえら……皆殺しにしてやるわぁ!!」
咆哮。
黒炎が、再び爆ぜる。
だが――
その瞬間。
空気が、変わった。
(……っ!?)
エディルの本能が、警鐘を鳴らす。
ノヴァの気配。
先ほどとは、まるで違う。
重い。
深い。
底が見えない。
(こいつ……なんなんだ)
見えない場所から。
確実に、“何か”が迫っていた。




