痛いです
「……フフッ」
ノヴァが、小さく笑った。
「おい」
エディルの眉がぴくりと動く。
「人の説教中に笑うな」
「ごめんごめん」
ノヴァは軽く手を振る。
そして、思い出したように言った。
「今、思い出したわ」
「お前――あっさりレックスにやられてた、魔族だよな?」
空気が、凍る。
「なんか、父親も天使みたいなやつも」
「まとめて死んでたやつ」
「死んだと思ってたのに、生きてたんだ」
少しだけ、口元が歪む。
「図太っ」
その一言で。
エディルの中の何かが、崩れた。
(……あの時のことを)
(そんな、軽く……)
魔界の壊滅。
仲間の死。
すべてが――
ただの“出来事”として処理されている。
(ふざけるな……)
「ふざけてんのか、てめえは!!」
怒号が、森に響く。
だが、ノヴァは気にしない。
むしろ、興味が湧いたように続ける。
「前見たときの方が強そうだったのにね」
「魔力なくなった?」
「あの角と翼、どこいったの?」
一歩、近づく。
観察するように。
「今もゼロじゃないけど……だいぶ減ってるよね」
「なんで?」
笑っている。
だが、そこに感情はない。
エディルの怒りは、限界を超える。
踏み込む。
拳を振り抜く。
だが――
「……遅い」
ノヴァは、またしても躱す。
同時に。
エディルは感じる。
(……なんだ、こいつ)
底知れない。
何かが違う。
ただの人間ではない、異質な魔力。
一瞬、足が止まる。
だが――
それでも、引かない。
ノヴァは、二人から距離を取る。
弓を、ゆっくりと構える。
「まあいいや」
「死に損ないの魔族さん」
「お尋ね者のユキノさん」
淡々と。
まるで、作業のように。
「これから拘束するから」
弦が、引かれる。
空気が、張り詰める。
戦いが、始まる。
弦が、鳴る。
次の瞬間。
――矢は、もうそこにあった。
(やばい――来る)
エディルは反射的に動く。
ユキノを抱きかかえ、その場から跳ぶ。
だが。
ヒュンッ――ドスッ
「……っ!」
腕に、衝撃。
矢が突き刺さる。
「……っ、てえな!!」
歯を食いしばる。
それでも足は止めない。
ユキノを抱えたまま、森の奥へと駆け出す。
背後から、声。
「逃げても捕まえるからな」
追う気配はない。
だが――
逃げ切れるとは、思えない声だった。
しばらく走り続け。
ようやく、距離を取る。
「……はぁ……っ」
エディルはユキノを、ゆっくりと地面へ降ろした。
「……エディル、手……大丈夫?」
ユキノの声。
不安と、かすかな焦り。
「こんなもん痛くねえ!」
即答。
間を置いて。
「……あ、痛いです」
「バカ」
ユキノが呆れる。
だが、その目は優しい。
エディルは刺さった矢に手をかける。
一瞬、躊躇い。
そして――
引き抜く。
「……っぐ」
鈍い痛みが、腕に走る。
血がにじむ。
本来なら、すぐに治る傷。
魔族の回復力は、そんなものだ。
だが――
(……やっぱ、遅えな)
魔力が減っている今。
回復も、鈍い。
(……普通に痛えわ)
傷を見下ろしていた、その時。
「……ねえ」
ユキノが、口を開く
少しだけ、言いづらそうに。
「……あんた」
「魔族なの?」
時間が、止まる。
「……」
エディルの手が、ぴたりと止まった。
(しまった)
今までの戦い。
今までの勇者一行に対しての態度。
そして、ノヴァの言葉。
隠しきれるはずがない。
エディルは、ゆっくりと顔を上げる。




