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良いとこだってある

王都を発って、二日と半日。

ようやく二人は――アルマ地区へと足を踏み入れた。

広がるのは、どこまでも続く自然。

山々は緩やかに連なり、木々は深く、風に揺れている。

王都の喧騒とは違う、素朴で力強い土地。

資源が豊富なこの地区には、出稼ぎの労働者たちが多く行き交っており、

荷を背負い、汗を流しながら歩く人影が絶えない。

「……着いたね」

ユキノが小さく呟く。


だが――

ここはあくまで通過点。

目的である孤児院のある街は、さらに西。

ここから、まだ半日はかかるはずだった。

――のだが。


「もう無理」

その場に、ひとり。

完全に地面へ座り込む男がいた。

エディルである。


エディルがその場にへたり込んだ。

「動けない」

「足が死んだ」

「魂が抜けた」

「まだ何もしてないでしょ」

ユキノは呆れたようにため息をつく。


「二日も野宿だぞ?」

エディルは地面に手をついたまま訴える。

「固いし寒いし、全然疲れ取れねえし」

「俺ニートだぞ?」

「知ってるよ」

即答。


エディルはそのままごろんと寝転がる。

「もう外で寝るのやだ」

「ここで終わる」

「勝手に終わるな」

ユキノは一歩近づき、軽く見下ろす。

「……じゃあ、少し休憩する?」


その一言で。

ガバッ

エディルが勢いよく起き上がった。

「行く」

「え?」

「休む」

そして、すぐに指をさす。

「あれ」


視線の先。

少し離れた場所に建つ、古びた建物。

酒場と宿を兼ねた、いかにもな店だった。

「……絶対ろくでもないとこでしょ」

「最高じゃん」

エディルはにやりと笑う。

「文明の匂いがする」

「意味わかんない」

「とりあえずあそこ行くぞ!」


さっきまでの瀕死はどこへやら。

エディルはすでに歩き出していた。

ユキノはその背中を見て、小さくため息をつく。

「……ほんと、現金なやつ」

そう呟きながら、後を追う。

二人は、アルマ地区の外れにある酒場兼宿屋へと向かっていった。



アルマ地区の外れにある、酒場兼宿屋。

外にいても分かるほど、中は騒がしかった。

怒号と笑い声、ぶつかる酒瓶の音が混ざり合っている。

「……本当に入るの?」

ユキノが眉をひそめる。

「いいじゃん、行こうよ」

エディルは気にした様子もなく、扉を押し開けた。


中に入った瞬間。

酒と煙草と汗の匂いが、鼻を突く。

荒くれた労働者たちが酒をあおりながら騒いでいる。

その視線が、一斉に二人へと向けられた。


「……なんか嫌な予感する」

「気のせい気のせい」

エディルは軽く受け流す。

二人は端の席に腰を下ろし、簡単な食事を頼む。

目立たず、さっさと食べて寝る。

――そのつもりだった。


「おい、兄ちゃん」

低い声。

振り返ると、筋骨隆々の男が立っていた。

「見ねえ顔だな」

「旅人か?」

「まあ、そんなとこ」

エディルは軽く返す。


男は口元を歪めた。

「なら、ちょっと付き合えよ」

ドン、と机に酒瓶が置かれる。

「飲み比べだ」

「は?」

ユキノが即座に顔をしかめる。

「いや断ればいいでしょ」

「断ったらつまんねえだろ」

エディルは口元を吊り上げた。

「受ける」

「は???」


――数分後。

「おおおおおおお!!!!!!」

店内が沸いた。

空の酒瓶。

床に崩れ落ちる男。

そして――

「ざっこ」

エディルは、平然と座っていた。

そこからは地獄だった。

「次は俺だ!!」

「いや俺だ!!」

次々と挑戦者が現れる。

いつの間にか周囲では賭けが始まり、

完全に見世物と化していた。

結果。


「……っはぁ」

最後の男が崩れ落ちる。

エディルは軽く息を吐く。

だが、その表情に疲れはない。

周囲がざわめく。

「なんだこいつ……」

「強すぎだろ……」

テーブルの上には――金。

賭け金が、山のように積まれていた。

「……あんた、何やってんの」

ユキノが呆れた声を漏らす。

「就職活動」

「クズすぎる」

「効率いいだろ?」

エディルは肩をすくめる。


そのまま二人は部屋を借り、二階へと上がった。

エディルは上機嫌のまま、ベッドへと倒れ込む。

「はぁー……最高」

長い一日の終わり。

だが、この夜は――まだ終わらない。


エディルはベッドのシーツをめくり、

さも当然のようにユキノへ視線を向けた。

「……くる?」

ほんの少しだけ、顔が赤い。


だが――

「殴るぞ」

ユキノは一切の迷いなく、冷えた声で返した。


「すいませんでした」

即謝罪。


エディルはそのまま立ち上がり、シャワー室へ向かう。

(……そんなに嫌?)

湯を浴びながら、ぼんやり考える。

(俺、かっこよくない?)

(命の恩人だよな?)

(それでもダメなの?)

初めての感覚だった。

拒絶される、ということが。


少し考えて――

「……嫌がることはしたくない」

ぽつりと呟く。

誰に聞かせるでもなく。

自分に言い聞かせるように。

シャワーを終え、部屋へ戻る。


上半身は裸。髪はまだ少し濡れている。

「服着な。頭拭きなさい」

ユキノが淡々と言う。

その顔に、照れはない。

ただ、本当に注意しているだけ。


(……なんでドキッとしないんだよ)

エディルは内心で悪態をつきながら、素直に従った。


「私もシャワー浴びるけど」

ユキノは立ち上がる。

「入ってきたら凍らすからな」

「わかってるっての!」

言い返す声に、さっきまでの勢いはない。

しばらくして。

ユキノが部屋へ戻ると――


エディルはすでにベッドに入っていた。

壁の方を向いて、静かに横になっている。

「……えらいじゃん」

ぽつりと、素直な言葉が漏れる。

「俺をなんだと思ってる」

少し拗ねた声が返ってきた。

「ケダモノ」

「……ったくなぁ」

軽口。


だが、そのあと。

エディルは小さく言った。

「女の嫌がることはしたくない」

「これ、俺の信条」

言い終えると同時に。

すぐに寝息が聞こえ始める。

ユキノは、少しだけ目を瞬かせた。

(……いいとこあるじゃん)

ぽつりと心の中で呟き、

静かにベッドへと入る。


――翌朝。

ユキノは先に目を覚ました。

視線の先。

反対側のベッドで、エディルが大きなイビキをかいている。

「……ほんと、だらしないなぁ」

小さく笑う。

その寝顔を、少しだけ見つめていた。




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