一生消えない怨み
「見ろユキノ!これなんか美味そう!」
「あ!可愛い子いっぱい!お姉さーん!」
決意を固めた二人は、すでに王都の喧騒の中にいた。
人が溢れ、露店が並び、笑い声と呼び込みの声が交錯する。
その中心で――エディルだけが、やけに浮かれていた。
先ほどまでの重苦しい空気などどこ吹く風。
楽しげにはしゃぐその姿に、ユキノは呆れたように目を細める。
(……この人、情緒どうなってんの?)
軽薄で、ふざけていて、どうしようもない男。
それなのに時折、驚くほど真剣な顔をする。
出会った頃から“変な人”だと思っていたが――
その評価は、日々更新されていた。
「……さっきも服買いに来たでしょ?」
「馬鹿野郎!女の子との出会いは一期一会!覚えとけ!」
「馬鹿野郎はお前だよ」
呆れ混じりのツッコミが飛ぶ。
――その時だった。
「勇者様一行の帰還だ!」
歓声が、波のように広がる。
その一言で、空気が変わった。
二人は反射的に顔を見合わせ――同時に路地裏へと身を滑り込ませる。
「なんでお前隠れんだよ」
「心の準備が……そういうエディルは?」
「俺も心の準備が」
「意気地なし」
軽口を叩きながらも、視線は自然と広場へ向く。
歓声はさらに膨れ上がり、人の壁ができる。
その中心に――“それ”はいた。
勇者一行。
金髪の勇者、レックス。
その存在だけで人々の視線を集める、王都の象徴。
赤髪の武闘家、ドレイク。
圧倒的な体躯。立っているだけで、空気が軋む。
緑髪の弓士、ノヴァ。
周囲を見渡すその眼は、獲物を探す猛禽のように鋭い。
桃色の髪の聖職者、アイリーン。
穏やかな微笑みの裏に、人々の信仰が渦巻く。
水色の髪の魔道士、マリン。
感情を感じさせない表情の奥に、底知れぬ魔力を秘めている。
――世界が称える、英雄たち。
だが。
その光景を見つめるユキノの瞳には、
歓声とは真逆の感情が、静かに燃えていた。
「今度は西の国で麻薬組織を壊滅だってよ!」
「さすがだな、あの組織なんて手に負えないはずなのに」
「やっぱ勇者様達は違うなぁ」
称賛が、波のように広がっていく。
勇者一行は、それに応えるように――
笑みを浮かべ、軽く手を上げ、静かに会釈する。
歓声。期待。希望。
――王都が、彼らを“英雄”として迎えている。
だが。
その光景を見つめる二人の胸にあるものは、
まったく別の感情だった。
(こいつらが……私の家族を……)
胸の奥で、何かが軋む。
(村のみんなを……皆殺しにした……)
ユキノの視線が、鋭く細められる。
その瞳に宿るのは、燃え尽きない憎悪。
(絶対に……許さない)
――そのとき。
隣から、異様な“圧”が流れ込んできた。
憎悪。
いや、それだけでは足りない。
もっと濁っていて、もっと深くて、
底の見えない“何か”。
ユキノは思わず視線を向ける。
エディル。
いつもの軽薄な男の面影は、どこにもなかった。
目は見開かれ、焦点が定まらないまま揺れている。
荒い呼吸。わずかに覗く牙。
握りしめられた拳は、白く変色し、血管が浮き上がっていた。
――全身から、滲み出ている。
言葉にならないほどの、
歪んだ執念と殺意が。
(……またこの顔)
以前。
勇者一行の話をしたとき――
一瞬だけ見せた、あの表情。
あれと同じ。
いや、それ以上だった。
「……エディル?」
恐る恐る、声をかける。
その瞬間。
エディルは、はっとしたように瞬きをし――
ふっと、力が抜けた。
「ん?」
いつもの、間の抜けた声。
口元には、あの軽い笑み。
だが。
どこか、ほんのわずかに――ぎこちない。
(……やっぱり、何かある)
違和感は消えないまま、胸の奥に残る。
エディルは何事もなかったかのように、
再び人混みの方へ視線を向けた。
――だがその目の奥に、
消えきらない“何か”が、確かに残っていた。




