決めたんだろ
(……これでいいの?)
しばらくして、ユキノは着替え終わる。
着物しかほとんど着てこなかった彼女にとって、フード付きのスウェットは違和感しかなかった。
(このズボン、ゆるいし……サイズ大きくない?)
(それにこの靴……草履と違って風通し悪い……)
落ち着かない。
壁の向こうから、エディルの声がする。
「ねえー、まーだー?」
「ちょっと待って!」
ユキノは氷の壁に手を当て、魔法を解いた。
ぱきん、と音を立てて氷が消える。
そして――
エディルと、目が合った。
「……」
エディルは目を見開いたまま、固まる。
「……なんか言いなよ」
ユキノはぶっきらぼうに言う。
少しだけ、居心地が悪い。
すると、エディルがぽつりと呟いた。
「……可愛い」
「は?」
「え、俺好き」
「なに言って――わっ!」
言い終わる前に、
エディルがユキノを抱きしめた。
「めっっっっちゃ好み!」
「こういうの好き!大好き!最高!!」
「ちょ、エディル離して……!」
ユキノは抵抗するが、エディルは全く離れない。
「いやもう、清純な子がこういうラフな格好とか最高じゃん!」
「……はなして」
「しかも俺とお揃いだし!ほぼ彼女――」
ドンッ。
鈍い音とともに、ユキノの拳がエディルの腹に入る。
「痛っ!?何!褒めてんだけど!?」
「離せっつったろ」
「褒めるのも罪なんすか!?」
「あんたに至っては罪」
「そんなぁ……」
エディルはその場でしょんぼりと肩を落とす。
ユキノは小さく息をついた。
(……ざまあみろ)
そう思いながらも。
さっきの感触が、まだ残っている。
抱きしめられた腕の強さ。
耳元で言われた言葉。
「可愛い」
(……別に、嬉しくなんか)
そこまで考えて、思考が止まる。
――本当に?
自分でも分からない感情に、戸惑う。
誤魔化すように、
もう一度、エディルの頭を叩いた。
「いった!?なに!?」
「覗きの分!」
「暴力女!野蛮人!」
エディルが文句を言う。
ユキノはそれを無視した。
ただ、内心では。
初めて感じるこの感情に、
どうしていいか分からずにいた。
ひと悶着のあと。
ユキノは、抱えていた着物を見下ろした。
「……で、この服どうしよう」
困ったように呟く。
エディルはちらりとそれを見て、軽く肩をすくめた。
「こんなとこに置いといたら、いずれバレるな」
「珍しい服だし」
「……だよね」
捨てるか。
持ち歩くか。
どちらにしても問題はある。
捨てれば、自分がここに来た証拠になる。
持てば、ただの荷物になる。
ユキノは黙り込む。
迷いが、消えない。
するとエディルがあっさり言った。
「燃やす?」
「はあ!?」
「だってバレるし」
あまりにも軽い。
「……あんた、情緒もクソもないね」
「情緒もクソもいるか」
即答だった。
ユキノは少しだけ俯く。
「……だって、気に入ってたし」
その一言に、エディルは一瞬だけ視線を落とす。
そして、静かに言った。
「……なら尚更だ」
ユキノが顔を上げる。
「村に帰らないって決めたんだろ」
「勇者殺すまでは」
突き放すような言葉。
けれど、その奥にあるものをユキノは感じ取る。
エディルは続けた。
「思い出捨てんの、嫌なのは分かる」
「覚悟もいる」
一拍置いて。
「でも俺がいる」
「お前は前だけ見てりゃいい」
「守るのは、俺の役目だ」
ぶっきらぼうだった。
けれど、確かにそこに覚悟があった。
ユキノはしばらく黙り込む。
燃やせば。
戻れない。
完全に。
それでも。
「……じゃあ、燃やして」
静かに、言い切る。
エディルは小さく頷いた。
「……わかった」
手に、黒い炎を纏う。
まだ不完全な魔力。
それでも、十分だった。
衣類に火が移る。
小さく、静かに燃え上がる。
ユキノはそれを見つめていた。
何も言わずに。
ただ、目に焼き付けるように。
――さようなら。
その言葉は、口には出さなかった。
隣でエディルは、何も言わない。
ただ一本、タバコに火をつける。
ゆっくりと煙を吐きながら、
燃え尽きるのを待っていた。
それが終わるまで。
何も言わずに。
ただ、隣にいた。




