女との約束は破らない
「何者……?」
エディルは一瞬言葉に詰まった。
本当の自分は、魔界出身の極炎魔族。
しかも一応は王子。
……そしてニート。
どこを取っても普通じゃない経歴だ。
ましてユキノは人間。
ニートはともかく、魔界の話など知れば離れてしまうかもしれない。
焦るエディルをよそに、ユキノは続ける。
「だってさ、見た目は浮浪者だったし体力も貧弱なのに、口から炎出すじゃん」
「私、あんな魔法見たことないよ」
「炎の魔法使う人は聞いたことあるけど、普通は赤とかオレンジなんでしょ?」
「黒炎って、珍しくない?」
純粋な疑問の目だった。
エディルはしどろもどろになりながら答える。
「お、俺の家の家系は……なんかそんな感じだけど……」
「じゃあどこの地方出身なの?」
「いや、それは……」
「親はどんな人なの?」
「そ、それなんだけど……」
どうしよう。
エディルは頭をフル回転させる。
そして、ある言い訳を思いついた。
「俺、家では穀潰しニートだった」
「親父たちから働け働け言われてたんだけどさ」
「それでも家でだらけてたら」
「つまみ出された」
つまみ出された以外は、だいたい事実だった。
言っていて悲しくなるほど情けないが。
エディルは続ける。
「だから土地勘なんてわからないままここまで流れてきて」
「女に養ってもらおうと思って彷徨ってたら」
「お前に会ったんだ」
ちらりとユキノを見る。
——めちゃくちゃ引いていた。
ユキノはしばらく黙っていたが、静かに言う。
「じゃあ私は寄生先ってこと?」
「うわ……やだよ。いい歳こいて働いたことない男なんて」
完全に軽蔑の顔だった。
(魔界出身って言った方がマシだったかもしれない)
エディルは思わず反論する。
「最初はそうだった」
「だけど今は違う」
そして真剣な顔で言う。
「お前を守りたいから」
いつもの軽口とは違う、まっすぐな言葉だった。
ユキノは少し驚いた顔をして、それから笑う。
「まあ、変な人だけどさ」
「命の恩人だし」
「一緒にいて楽しいよ。変だけど」
「変一個余計だぞ」
エディルが軽口で返す。
ユキノは一通り笑ったあと、ふと真顔になる。
「でもさ」
「私の復讐のために付いてきてくれるんでしょ?」
「それって、エディルも犯罪者になるってことだけど……それでもいいの?」
エディルはふと今までの事を振り返る。
自分にはもう帰る場所はない。
家も、仲間も、親も。すべて失った、勇者一行によって。
どうせ自分は魔界の魔族、今更犯罪だのなんだの怯える必要はない。
ならば、
目的は同じだ。
勇者一行への復讐。
そして、ユキノを守ること。
その気持ちは変わらない。
エディルは肩をすくめて言った。
「……べつに。どうせ穀潰しニートだし」
「犯罪歴ついても構わない」
「本当変わってるね、あんた」
「もし捕まっても屋根があるなら、そこが例え獄中でも天国だ」
「うわ、本物だこの人」
二人は思わず笑った。
そして——
「よろしくな」
エディルが手を差し出す。
ユキノはその手を握り返した。
こうして二人は、同じ道を歩くことになった。
握手を交わしたあと、二人はそれぞれ部屋に戻った。
同じ屋根の下とはいえ、もちろん別の部屋である。
——のだが。
夜中、極めて自然な動作でエディルがユキノの布団に入り込もうとした結果、何発か殴られて追い出されていた。
そして翌朝。
二人は村の墓の前に立っていた。
静かな雪山の空気の中、並んで手を合わせる。
やがてエディルが口を開いた。
「暫く帰ってこれなくなるな」
ユキノは少し寂しそうに答える。
「そうだね」
そしてぽつりと続けた。
「……帰ってこれるか分からないけど。犯罪者になるから」
その言葉に、エディルは思い出したように言う。
「犯罪者になるかもってさ」
「もう逃げ出した時点で犯罪者なんだろ?」
「あと食い逃げ」
「前科二犯じゃねえか」
ケラケラ笑うエディル。
ムカついたユキノはエディルの頭を軽く小突いた。
だがすぐに表情を引き締める。
「でも、ここからは本当に」
そして墓を見つめながら静かに言った。
「みんなの為に、命をかけて勇者を殺す」
覚悟の決まった声だった。
エディルはその横顔を見て、少しだけ目を細める。
そして墓の方へ向き直った。
「お義父さん、お義母さん」
「ちょ、お義父さんやめてね」
ユキノがすぐにツッコむ。
だがエディルは気にせず続ける。
「ユキノの友達」
「あと彼氏。名前知らんけど」
「ハルキです!」
「ハルキか」
エディルは軽く咳払いをして、改めて墓に向かって言った。
「俺が必ずユキノを守る」
「死んでも守る」
「男との約束は破るけど、女と交わした約束は絶対破らない」
「だから必ずユキノと、この村に帰ってくる」
「誓います」
軽口混じりの言葉だったが、声は真剣だった。
ユキノはその横顔を見つめる。
本当に変な人だな、と思う。
浮浪者みたいな格好で現れて、
セクハラして、
ニートで、
信条が多くて、
でも——
村の墓を一晩で掘り、
こうして真剣に誓っている。
(本当にむちゃくちゃな人)
それでも、少しだけ安心している自分がいた。
ユキノは墓に向かってもう一度手を合わせる。
そして顔を上げた。
「行こうか」
「おう」
こうして二人は、雪山の村をあとにした。
勇者一行への復讐の旅が、ここから始まる。




