帰る場所がいるだろ
目の前には、ぐちゃぐちゃになった王都兵の遺体。
返り血を浴びたまま、エディルは立っていた。
勇者一行。
あいつらは一体何者なのか。
結局、何も分からない。
だが――
胸の奥に満ちていくものがある。
怒り。
憎悪。
そして、どうしようもない苛立ち。
これからどうすればいいのか。
何をすればいいのか。
自分でも分からない。
……いや。
きっとそれは、ユキノも同じだろう。
エディルは小さく息を吐いた。
「……とりあえず、戻るか」
鉛のように重くなった身体に鞭を打つ。
ゆっくりと、来た道を引き返していく。
その頃、ユキノは。
崩壊した村の中に、立っていた。
最初に見た時よりも、火の勢いは弱まっている。
燃え残った家々から煙が立ち上る。
だが。
それでも。
そこにあったはずの生活は、もうどこにもなかった。
村の仲間。
友人。
両親。
そして――
最愛の恋人。
その全てが、もういない。
現実が、一気に押し寄せる。
ユキノの唇が震える。
「お母さん……」
「お父さん……」
「……ハルキ……」
声が、崩れた。
その場に崩れ落ちる。
そして。
子供のように、声を上げて泣いた。
エディルは、なんとか村に戻ってきた。
「……めちゃくちゃ寒い、死ぬ」
思わず呟く。
戦っている時は感じなかった。
だが冷静になると、この場所が雪山であることを嫌でも思い知らされる。
身体の芯から冷えていく。
今のエディルには、ほとんど魔力が残っていない。
寒さを防ぐ術もない。
それは、ほとんど致命的だった。
震える身体を押さえながら、村の中を歩く。
やがて、ユキノの姿を見つけた。
だが――
ユキノは、その場に座り込み、声を上げて泣いていた。
一人の青年を抱きながら。
(……あれが彼氏か)
エディルは少し離れた場所で立ち止まる。
背中越しに、ユキノの泣き声が聞こえる。
エディルの脳裏に、昔の光景がよぎった。
魔界。
突然現れた勇者一行。
崩壊していく城。
倒れていく仲間たち。
父。
側近。
さよならを言う間もなく、全てが終わった。
……あの時と同じだ。
エディルは小さく息を吐いた。
かける言葉が、思いつかない。
いつもの軽口も、今は出てこない。
だから。
エディルは何も言わず、ユキノの隣に座った。
ただ静かに。
同じ場所で。
同じ悲しみを、共有するように。
どれくらいの時間が経ったのか。
気づけば空は暗くなり、周囲もゆっくりと闇に染まり始めていた。
ユキノとエディルは、ずっと無言のまま。
風の音だけが、静かに雪山を吹き抜けていく。
やがて、その沈黙を破ったのはエディルだった。
「……なんか地面掘るやつある?」
「……え?」
ユキノは泣き腫らした顔のまま、エディルを見つめる。
エディルは構わず続けた。
「墓……建てないとな」
「お墓?」
「このままじゃ寒いだろ」
ユキノは少しだけ笑った。
「……元から寒いよ。ここは」
だがエディルは、真剣な顔のまま答える。
「帰る場所、必要だろ」
少しだけ視線を落とす。
「こいつらに」
そう言うと、エディルは無言で立ち上がった。
ユキノからスコップの場所を聞き、村の見晴らしがいい場所へ向かう。
そして、地面を掘り始めた。
黙々と。
ただひたすらに。
エディルは何も言わない。
ユキノも、何も言えなかった。
戦いのあとだ。
自分と同じく、体力はほとんど残っていないはず。
この山を登る時から寒い寒いと文句を言っていた男なのに。
それでもエディルは、掘り続けている。
息を切らしながら。
全身から汗を流しながら。
必死の形相で。
(なんでこの人……ここまで)
ユキノの胸の奥に、
これまで感じたことのない感情が芽生え始めていた。




