お前らがやったの?
城の外へ出た三人は、言葉を失った。
そこに広がっていたのは――
崩壊した魔界だった。
もともとこの一帯は火山地帯だ。
赤黒い岩山が連なり、溶岩が流れ、炎が絶えず燃え続ける土地。
だが今、目の前に広がっている光景は、そんな自然の荒々しさとはまるで違っていた。
山は崩れ落ち、
地面は大きく裂け、
あちこちで炎が燃え盛っている。
そして――
城に仕えていた魔族たちの遺体が、いくつも重なっていた。
兵士。
侍従。
世話係。
誰も動かない。
静まり返った地面の上で、黒い煙だけがゆらゆらと立ち上っている。
「……なんだこれ」
エディルは呆然と呟いた。
ジュラはすぐに周囲へ視線を巡らせる。
翼がわずかに広がり、警戒態勢に入った。
「ただ事ではありません」
低い声で言う。
イフリートは静かにその光景を見つめていた。
その瞳がわずかに細くなる。
「……まさか」
短く息を吐き、続ける。
「人間界の侵入者か」
ジュラがすぐに反応した。
「ですが……長い歴史の中で、魔界は禁忌とされていたはずでは?」
「だからこそだ」
イフリートは低く返す。
「それが破られたのなら――」
その時だった。
突然、閃光が走る。
辺り一面を覆い尽くすほどの白い光が爆発した。
「っ!」
エディルは思わず目を閉じる。
ジュラもイフリートも、反射的に視界を遮った。
光は一瞬で消えた。
静寂。
ゆっくりと目を開く。
そこに立っていたのは――
見慣れない五人の人影だった。
閃光が消えた後の魔界の大地。
その中心に、五人が立っている。
エディルは目を細めた。
「……人間?」
中央に立つ男。
金髪のショートヘア。
肩幅の広い体格。
その手には、巨大な大剣が握られている。
刃は黒く、重々しい。
――レックス。
その後ろに四人。
赤髪の短髪の男。
武闘家のような格好をし、腕を組んでいる。
――ドレイク。
ピンク色の長い三つ編み。
白い装束を身にまとった女。
口元には不気味な笑み。
――アイリーン。
水色の長いウェーブヘア。
魔道士のローブを纏い、杖を持つ女。
――マリン。
そして最後に。
少し離れた場所に立つ、猫背の男。
緑色の前髪が片目を隠している。
狩人のような装備で、背中には弓。
――ノヴァ。
五人は、まるで散歩でもしているかのように静かにそこに立っていた。
だが。
その足元には、無数の魔族の死体が転がっている。
エディルはゆっくりと周囲を見渡した。
そして再び、五人を見る。
「……お前ら」
喉の奥から、低い声が漏れる。
「これ、全部やったのか?」
ドレイクが鼻で笑う。
「そうだけど?」
マリンは軽く肩をすくめた。
「思ったより弱かったね」
アイリーンは楽しそうに笑う。
「でも楽しかったですよ。悲鳴って素敵です」
ノヴァは弓を軽く持ち直し、つまらなそうに言う。
「魔族ってさ、こんなもん?」
レックスだけが黙っていた。
そして一歩、前に出る。
巨大な大剣が地面に触れ、重い音を立てた。
ゴンッ。
レックスは真っ直ぐイフリートを見つめる。
「見ぃつけた」
楽しそうな声。
「魔界の王」
何の悪びれる様子もない五人。
魔界の大地には無数の遺体。
その中心で、まるで雑談でもしているかのように立っている。
エディルの中で、何かが音を立てて軋んだ。
だが――
先に動いたのはジュラだった。
「ふざけるな!!」
怒声が響く。
「蛮族共が!!」
ジュラの背中から、黒い翼が大きく広がる。
堕天使の翼。
両手には炎が宿り、膨大な魔力が一気に解放された。
いつもの冷静な表情は消え、目は血走っている。
地面を蹴る。
一瞬でレックスとの距離を詰めた。
手を伸ばす。
顔面を掴み、そのまま焼き潰す――
はずだった。
斬撃。
「……は?」
気づいた時には。
巨大な大剣が、ジュラの腹を貫いていた。
刃は背中から突き抜けている。
ジュラの体が、ゆっくりと持ち上がる。
血が滴る。
レックスは無表情のまま、剣を引き抜いた。
ジュラの体が地面に崩れ落ちる。
動かない。
絶命していた。
沈黙。
アイリーンが楽しそうに覗き込む。
「やだぁ。この人? 天使なのかなぁ」
翼を指差し、首を傾げる。
「でも羽が黒いね」
マリンが近づき、ジュラの髪を掴んで持ち上げた。
淡々と観察しながら呟く。
「翼が黒いな。多分、堕天使じゃないのか?」
「きゃー!」
アイリーンは目を輝かせる。
「かっこいい! 欲しい!」
マリンは引きつった顔で振り返る。
「何言ってんの、アンタ……」
そう言いながら、ジュラの体をその場に放り投げた。
ドサッ、と鈍い音。
「ちょっとやめてよ!」
アイリーンが不満そうに声を上げる。
マリンは冷めた目で答えた。
「アンタが興奮するから」
目の前で側近が死んだ。
あっという間に。
何もできずに。
エディルの怒りは頂点に達していた。
だが――
横に立つ父、イフリートは、それ以上に怒っていた。
「お前等……どこの誰か知らないが」
地の底から響くような低い声。
「俺の部下や家族に手を出そうとは、いい度胸だな」
炎が噴き出す。
「――殺してやる」
その瞬間、周囲の温度が跳ね上がった。
イフリートの体から焼き尽くすような炎が噴き上がる。
全身が赤黒く染まり、まるで炎そのものの姿へと変わっていく。
熱波で大地が溶け、空気が歪む。
体は巨大化し、背から悪魔のような翼が広がる。
その姿はまさに――
炎の悪魔。
エディルですら久しく見ていない、極炎魔族の真の姿だった。
レックスが興味深そうに眺める。
「へえ。これが極炎魔族の姿なんだ」
ドレイクは腕を組んだまま、淡々と呟く。
「熱いな」
ノヴァは弓を見やりながら、つまらなそうに言った。
「俺の弓で貫けなさそう」
人間界から侵略してきた五人は、
イフリートの姿を見ても動じない。
どころか、軽口を叩く余裕すらある。
イフリートは構わなかった。
巨大な腕を振り上げる。
「――死ね」
頭上から拳が振り下ろされる。
山をも砕く一撃。
五人まとめて叩き潰すはずだった。
だが。
反撃は――一瞬だった。
エディルの視界が赤く染まる。
何が起きたのか理解できない。
ただ。
父の巨大な体が、ゆっくりと傾いた。
胸。
そこには。
巨大な剣が、深々と突き刺さっていた。
レックスが大剣を振り抜いている。
ドレイクは腕を叩き折り、
マリンの魔法が炎を裂き、
ノヴァの矢が翼を貫き、
アイリーンの鞭が体を拘束していた。
たった一瞬。
連携。
それだけで。
魔界最強の王は――
貫かれていた。
「……親父?」
エディルの声は、ひどく小さかった。




