魔界壊滅
昔々、あるところに。
三つの世界があると言われていた。
天界、人間界、そして魔界。
天界は神の住む場所であり、人が決して踏み入れてはならない場所。
そう伝えられてきた。
だがそれは神話の中の話であり、実在するかどうかは誰も知らない。
問題は――
人間界と魔界、この二つの世界である。
遥か昔。
魔界は人間界と争い、そして敗れた。
あまりにも激しい戦い。
両者の間には深い遺恨が残った。
だが同時に、悟る。
これ以上の争いは――世界そのものを滅ぼしかねないと。
だからこそ結ばれた、一つの制約。
――互いに干渉しないこと。
その約束は何千年もの時を経ても守られ続け、やがて人々の記憶から魔界という存在そのものが忘れ去られていった。
人間界に残されたのは、古文書の中のわずかな記述だけ。
そこには、ただこう記されている
『魔界――禁忌の地』
だが。
実際の魔界は、人々が想像するような地獄ではない。
広大な森。
燃えるような赤い空。
果てしなく広がる山脈と海。
その地では、悪魔、魚人、ドワーフ、エルフ――様々な種族が共に暮らし、互いを尊重しながら静かな平和を保っていた。
そんな穏やかな魔界で。
とある種族の王族に――
一人のどうしようもない男がいた。
極炎魔族。
炎を操る、魔界でも屈指の魔力を持つ種族。
その王の息子。
本来ならば、次代の王として期待されるはずの男は――
城のソファに寝転がりながら、煙草をふかしていた。
「はぁ……」
煙を吐き出し、だるそうに呟く。
「働きたくねぇ」
――この男の名は、エディル。
極炎魔族の王子であり。
そして。
魔界史上最低の、ゴミクズニート王子であった。
扉が開く。
黒いロングヘアを低い位置で束ねた男が、静かに入ってきた。
「エディル様。父上からお呼びです」
エディルは寝転がったまま、煙草をくわえる。
「面倒だからジュラが行ってきて」
ジュラ。
元は天界に属する熾天使だったが、ある事情により堕ちた存在。
今は極炎魔族に仕え、王の側近であり――
エディルの世話役兼執事でもある。
ジュラは静かにため息をついた。
「そんなこと言わずに」
エディルは煙草を指でくるくる回す。
「タバコ切れた」
「そこにあるやつ取って」
無言。
ジュラは机の上から煙草の箱を取り上げ――
次の瞬間。
ボッ
火を灯した。
煙草ごと、燃やす。
「は???」
エディルが飛び起きる。
「何してんの!?高いんだぞ!?」
「知りません」
「俺小遣い少ないんだって!」
「働かないからです」
エディルはソファの上で大げさに泣き真似をした。
「えーん、いじめられるぅ」
ジュラは冷たい目で見下ろす。
「自業自得です」
黒髪。肩までのウルフ。
だが整えられていないぼさぼさの髪。
だらしない服装。
働かない日常。
女には軽い。
世話役兼執事には怒られ、父には呆れられ。
――どうしようもない男。
その一言に尽きる。
やがて。
ジュラはエディルの襟首を掴み、そのまま引きずった。
「痛い痛い痛い!!!」
「うるさいんだよ、この穀潰し」
廊下を進む二人を見て、周囲は苦笑する。
「またやってる」
「いつものだな」
日常だった。
城の間。
高い天井。
赤い紋章。
玉座に座る男――
極炎魔族の王、イフリート。
「遅い」
低い声が響く。
ジュラは膝をつく。
「申し訳ございません」
エディルは放り投げられる。
「痛い!!」
「DVで訴えるぞ!!」
「やかましい」
空気が凍る。
「お前はいつになったら王としての自覚を持つ」
「一生無理」
「働いたら蕁麻疹出るし」
沈黙。
「出してこい」
説教が始まる。
長い。重い。容赦ない。
エディルは途中で聞くのをやめた。
「ジュラ、翻訳して」
「そのままです」
「ですよね」
――いつもの日常。
だが。
今日だけは違った。
ドォォンッ!!!
衝撃。
城が揺れる。
地面が震える。
砂埃が舞う。
「……何事だ」
「外で異変が起きています」
エディルはぽかんとする。
「親父の怒りじゃなくて?」
「馬鹿」
「ですよね」
三人は外へ飛び出した。
そして――
目にした。
魔界が壊滅している光景を。




