怨気満腹
突如、人器を召喚したユキノ。
だが現れたのは――
札がびっしり貼られた、ボロボロの日本刀だった。
どう見ても、まともに使える武器には見えない。
それを見た王都兵たちは笑う。
だが。
次の瞬間だった。
ユキノの刀が、王都兵を突いた。
正確には、鞘に収まったまま。
本来の刀の使い方ではない。
それでも――
衝撃は凄まじかった。
王都兵の身体が吹き飛び、後ろの壁に叩きつけられる。
周囲の兵士たちが一瞬、言葉を失った。
だがすぐに一人の兵士が鼻で笑う。
「そんな古くて使い物にならない刀があるもんか」
「しかも鞘から抜いてないしな」
どっと笑いが起きる。
それでもユキノは怯まない。
「私の切り札って言ってるでしょ」
そう言い放ち、再び踏み込む。
鞘付きの刀を振るう姿は、
まるで本物の剣士のようだった。
エディルは思わず呟く。
(あいつ……あんなこと出来んのか)
だが。
王都兵と一般市民では、元々の身体の作りも戦闘経験も違う。
序盤こそ押していたユキノだったが、
次第に数の差が効いてくる。
十人。
一人では多すぎた。
ユキノは刀を握り直す。
(ここで……抜けるか)
ユキノの人器は刀。
だが、その名は――
怨気満腹。
聞くだけで不気味な名だった。
本来、人器というものは
自分の望む武器や思想、ルーツなどを反映して生まれる。
だがユキノの場合は違った。
人器のことを考えたこともない。
戦う必要もない、平和な村で暮らしていたからだ。
ある日――
朝、目を覚ますと。
枕元にその刀が置いてあった。
「……なにこれ」
鞘には、びっしりと御札。
しかもすべてに封の文字。
刀も鞘も、劣化しているのか風化しているのか、
もはや判別もつかないほどボロボロだった。
突然の出来事に驚いたユキノは、
そのまま刀を抱えて親の元へ走った。
その時、初めて聞かされた話。
ユキノの銀髪は、
この村を作った先祖にそっくりらしい。
その先祖は、
遠い東洋の国から迫害を受け、この地へ流れ着いた人物だった。
そして――
その旅の途中、
刀を振るい続けた剣士だった。
なぜそんな恐ろしい刀が、自らの人器になったのか。
それは今でも分からない。
だが両親や村の人々は、口を揃えて言った。
「大事に使いなさい」と。
ユキノ自身、この平和な村でその刀を使う必要などないと思っていた。
時々思い出したように召喚しては、鞘を眺める。
そこに刻まれている文字。
怨気満腹。
その禍々しい文字を見て、ユキノはいつも思っていた。
(気持ち悪い……)
だが――
今ならわかる。
先祖が刀を振るい続けた理由。
胸の奥から湧き上がる感情。
身体の底から込み上げる、
怨み。
ユキノは刀を握り、鞘を引く。
刀身を抜こうとする。
だが――
動かない。
(やっぱり……抜けない……!)
何度も試したことがある。
これまで一度も抜けたことはない。
だが今なら抜けると思った。
これほどまでに怨みを抱いた今なら。
そう確信していた。
それでも――
刀は抜けなかった。
(……まだなの……?)
ユキノは歯を食いしばる。
(それでも……負けない)
鞘に収まったままの刀を構える。
そして再び踏み込んだ。
だが体力は限界に近かった。
動きが鈍る。
足がもつれる。
その隙を王都兵は見逃さなかった。
「捕らえろ!」
数人の兵士が一斉に飛びかかる。
ユキノは押さえ込まれ、地面に膝をついた。
兵士の一人が冷たく告げる。
「ユキノ・ヒマツリ」
「勇者一行の婚約から逃亡した罪」
「及び、王都に反逆した罪で――」
剣が振り上げられる。
「処刑する」
ユキノは、諦めなかった。
だが身体はもう動かない。
呼吸も荒く、視界が霞む。
それでも。
(死んでも……殺す……)
兵士の刃が振り下ろされる――
その瞬間。
轟音。
黒い炎が、王都兵たちを襲った。
「なんだこの炎は!?」
「普通の炎より……熱い……!?」
突然の黒炎に兵士たちが怯む。
その隙に――
一人の男がユキノの前に立った。
エディルだった。
ユキノの身体を抱え起こし、後ろへ下げる。
兵士が叫ぶ。
「……お前は誰だ!」
エディルは肩を鳴らしながら笑った。
口元を歪め、答える。
「通りすがりの浮浪者です」




