奢ってください
村までの道のりは、妙に長く感じられた。
二人は無言のまま歩く。
先ほどの怒鳴り声。
あの顔。
あの憎悪。
最初に出会った時とは、まるで別人だった。
そして。
「……ごめん」
あの小さな謝罪。
軽く笑って済ませる男だと思っていた。
なのに。
あの時の顔は、本気で申し訳なさそうだった。
出会ってまだ短い。
それなのに。
変わりすぎる。
(……どう接したらいいんだろ)
ユキノは戸惑っていた。
沈黙を破ったのは、エディル。
「……俺さ」
「うん?」
「お前に言わないといけないことがある」
「……うん、大丈夫だよ」
さっきの謝罪だろうか。
ユキノも少し身構える。
「あのさ」
「うん」
「金がない」
「……え?」
一瞬、思考が止まる。
「いや俺、真面目に働いたことないし」
「親から小遣いもらって生きてたんだけど、めちゃくちゃ少なくてさ」
「今ちょっと訳ありで、金持ってる余裕なくて……」
半分本当。
半分は、言えない事情。
エディルは深く頭を下げる。
「ご飯……奢ってください!」
綺麗すぎるお辞儀。
角度は完璧。
微動だにしない。
ユキノは一瞬ぽかんとする。
そして。
吹き出した。
「そんな綺麗なお辞儀で奢ってって言う人、初めて見た」
「俺、プライドないんで」
「ていうか働いたことないの?」
「もちろん!」
なぜか胸を張る。
「働きなよ」
「働いたら蕁麻疹出たし、熱出たし、腹も下した」
「最悪なアレルギー反応」
ユキノは笑う。
「……命の恩人だし、奢ってあげるよ」
「ほんとっすか!?」
目が輝く。
「やったー!!人の金で食う飯さいこー!!」
子供みたいにはしゃぐ。
その背中を見ながら。
(……ほんと変な人)
ユキノは小さく思う。
しばらくして。
「ここ?」
「たぶん、この辺だと思う」
村に到着する。
王都ほどではないが、人はそれなりに多い。
農園もあり、生活の気配がある。
「早く飯食おうぜ!」
「はいはい」
二人は店に入る。
席に案内され、メニューを渡される。
そして。
問題発生。
(待って、これ何て書いてあるの?)
(は?)
エディル、読めない。
魔界の王子。
教育は受けている。
だが。
人間界の文字は、知らない。
「……」
急に黙る。
「どうしたの?」
言えない。
読めません、なんて。
そこで。
「ユキノが食べたいのにしろよ」
「どうして?」
「俺、飯は女の子に合わせる主義だから」
「そういうポリシー」
「きも」
真顔。
だがユキノはそのまま注文する。
「本日のおすすめランチ、二つお願いします」
しばらくして。
料理が運ばれてくる。
皿が置かれた瞬間。
ぐぅぅぅ……
盛大な腹の音。
「温かいごはん……最高」
ぽつりと呟く。
「生きててよかった……」
「そこまで?」
見た目も匂いも、魔界とは違う。
だが。
空腹には勝てない。
ナイフとフォークを取る。
一口。
「うま」
「美味しいね」
「本当に……美味しい……」
声が震える。
「美味しい……」
「ご飯で泣く人、初めて見た」
「だって美味しいんだもん……」
号泣。
だが。
食べ方は――
異様に綺麗だった。
背筋。
所作。
音を立てない。
まるで貴族。
(……あれ?)
ユキノは気づく。
(この人、食べ方めちゃくちゃ綺麗じゃない?)
(見た目こんななのに……)
不思議に思いながらも。
目の前の様子に、つい手を差し出す。
「これも食べなよ」
「いいんすか!?」
目を輝かせる。
また夢中で食べる。
その姿を見て。
(……ちょっと可愛いかも)
(浮浪者だし、ダメ男だけど)
ユキノは、こっそり笑った。




