47
ハッサンの話を聞いた所で時間となり再び隊は前進を始めました。
そろそろ山越え用の広場が点在する場所に差し掛かる頃で、それは所謂魔王の目撃多発地帯です。
「凄くゆっくり進むのね」
のんびりとした行進にパウラが列の前方を覗き込みながら言います。ネーポムクはまた偉そうに騎乗し、その横を私達が並んで歩いているのです。
「そりゃ目的は山越えじゃなくて魔王探しだからな」
エアハルトの真っ当な答えに彼女が「そうよね」と力無く頷く。
「まぁ、早く山を過ぎてしまいたい気持ちはわかるよ」
エアハルトが優しくパウラに言います。
「どうして早く過ぎたいんだ?それにどうしてエアハルトはそれがわかる?」
私はここに確認する為に来たいと言っていただけで、彼等の方が魔王を討伐するんだと張り切っていた気がするんですが違ったのでしょうか?
「そりゃあな、流石に俺達だってあんな話を聞けばビビるよ。いつも冷静なお前があんなに動揺するなんて思って無くてな」
「えっ、俺のせい?」
驚きです!
「そうじゃなくて、何だかロータルは弟なのに優秀で何でも知っているって思ってたから。それをあんなに魔王を怖がるなんて……」
「は?怖がる??俺が???」
信じられない言葉に理解が追いつきません。しかもまた弟扱い。
「隠さなくても良いのよ。誰だってあんな話を聞けば怖くなるんだから」
「怖がってねぇし!!」
私が一体何を怖がっていると言うのでしょう。もしかしてこれって侮辱されているのでしょうか?
「無理するな、あんなに青ざめていたではないか」
馬上からネーポムクがなんだか慈愛に満ちた目で見下ろしてきます。
ムカつきます。めちゃくちゃムカつきます!
「別に魔王って呼ばれているやつにビビってるわけじゃない!ただ得体のしれない魔物って聞いたから気持ち悪かっただけだ」
「そうムキになるな。人は皆未体験の物に恐怖を感じるものだ」
「俺は人じゃねぇし!」と言い返そうとして何とか踏みとどまりました。今は人としてエアハルトのパーティに加わっていなくてはいけません。
それにしてもネーポムクの優しげな顔がムカつきます。ムカつくんで今度訓練する時に思いっきり馬鹿にしてやりましょう。
私がネーポムクへの復讐心に燃えていると少し拓けた場所へ到着しました。ここが噂の今夜の宿泊場所兼目撃情報多発地帯ですね。
隊は広場に到着するとさり気なく二手に別れ、中で少し離れた状態になりました。エルマーが魔法師団だけを誘導して離れていったせいです。私達も一応そっちに所属しているのがちょっと笑えます。
「アイツやっぱり馬鹿なんだな。強力な魔物と対峙しなきゃいけないのに戦力の分散になるってわからないのか」
広場内の見える範囲とはいえ二つのグループが離れての行動は連携が取りにくく、もし不意打ちの攻撃を受ければ被害が甚大になる恐れがあるというのに。
「倒すことよりプライドが勝るのであろ」
馬からおりたネーポムクはグッと伸びをしカールハインツが持ってきた椅子に腰掛けました。
「肉が食いたいの」
「駄目よ、肉を焼いたら魔物が寄ってくるじゃない」
ネーポムクの我儘をパウラが諌めます。
「魔物退治が目的なのだから構わんであろ。ロータル、約束を果たせ。干し肉はいらんぞ」
「俺もその意見に賛成。肉取りに行こうぜエアハルト」
「駄目だ。肉は無いけど配給を食うしかない」
昼に配られた食事は硬いパンとナッツだけでした。昼だからまだ我慢しましたけどまさか夜も同じ?それはもう嫌です。
「こっそり狩りに行こう。いいだろ、カールハインツ?自分で食料調達しても。ネーポムクが肉を食いたがってる」
マスターの名を出されてカールハインツが苦悩の表情を浮かべています。その隙に私は広場の奥にある岩場の向こうへ行こうと歩き始めました。
話をしている時既に探索をし、向こうに野ウサギがいることがわかってましたからそいつを狩るつもりです。
「やはり駄目だ。ただでさえ剣士達と連携が取れていない状態なのに魔法師内で分裂を起こすわけにはいかん」
頭の硬いカールハインツの言葉にネーポムクも渋々私に戻るように言いました。その後配給された食事はやっぱり硬いパンとナッツだけでお腹は減っていましたが食べる気が起きませんでした。
食後、段々と日が落ち辺りが薄暗くなってきた頃。
夜間の見張りを立てるための順番が知らされてきました。私達は特別に隊へ参加させてもらっていた為、最も辛いとされている深夜の組です。私達の中から今夜は一人だけ見張りに立てばいいという事でエアハルトが「俺がやるから皆は休んでくれ」と彼らしいことを言いました。
パウラは明日は自分がやるからと話していましたが私はさっさとテントに入ると直ぐに眠ることにしました。
因みにネーポムクはカールハインツによって見張りを免除されていました。鬱陶しがりながらも使えるところは有効に使う。権力というものがちょっと欲しくなりました。
人が動く気配で目が覚めました。エアハルトが私達に気を遣いながら静かに起き上がり、見張りの交代に向かったようです。
「行くか」
もそりと隣で眠っているはずのネーポムクが起き上がりました。
「そっちの隙間から出ろよ。パウラに見つかるとうるさいぞ」
私達はテントの隙間から出ると身を低くし見張りの目を盗み広場の奥へ進みました。
「ここまでくれば魔法の気配も悟られぬであろ。"隠蔽"を使え」
ネーポムクがホッと息をつぎ、私は周囲に気配を悟られにくくし姿も意識しなくてはわからなくなる"隠蔽"を使いました。これを使えば余程の事がない限りここに居るはずという気持ちで見られなければ隣を通っても気づかれにくくなります。ただ魔法師が近くにいるとその初動の魔力を感知される可能性がありますから距離を取る必要があったのです。
まぁ、この魔法がそういう名だと知ったのは今ですけど。
示し合わせた訳ではありませんが私達の気持ちは一つ。
「もう少し奥に行けば野ウサギの巣穴がある」
私の言葉に無言で頷くと二人で歩き出しました。背後には魔法師達が見張りを立てていますがこちらに気づいた様子はありません。
「奴等が警戒しているのは魔物だからの。気づかれることはあるまい」
ネーポムクがお得意の黒い笑顔を浮かべています。
巣穴にたどり着くと直ぐに中に潜む野ウサギに拘束魔法をかけ手を突っ込んで捕まえました。
ネーポムクが差し出したナイフで素早く捌くと木の下で薪を組み火をつけます。
「"えろ"」
燃え上る火で野ウサギの肉を焼いていると辺りに芳ばしい香りが立ち込めます。煙は真上にある木の枝で分散され見つかる事はありませんがこの匂いで気づかれるかもしれません。
「まだかネーポムク?早くしないとヤバい気がする」
「そう急くな。生焼けを食いたいわけではないであろ」
二人して肉の焼け具合に気を取られすぎていたのかも知れません。
やっと肉が焼き上がりお互いに齧りつこうとしたその瞬間。
「私の分、あるよね」
がっしりと肩を掴まれた事はいうまでもありませんね。




