邂逅(一方は忘れている模様)
「なるほど。そういうわけか」
さっきは清にしか目がいかなかったが、よくみると暗がりに茜や鱸丸ちゃんの姿が見える。牢屋の中が薄暗いのと頭髪の色でまるでわからなかった。この牢屋の中にいるのは俺も含めて四人。他の七人はいっしょくたに別の牢屋に入っている、と見ていいだろう。
しかも、話を聞く限りこの船はかの有名な唐船。俺たちが乗っていた和船とはバスと三輪車並にその大きさが違う。海賊のリーダーがこの船を進撃させなくて本当によかった。もし進撃させていたら今頃平家船団は海の藻屑となっていただろう。当たっただけで横転するだろうからな。
「うーむ、こうなるとどうやってこの船から逃げるか」
「それならもう試したわよ?あんたが起きるちょっと前に茜が鱸丸の手枷と自分の手枷が打ちつけあってぶち壊した」
なんじゃそりゃ。衝撃で手首とか壊れないのかな。茜はいいとしても、鱸丸ちゃんがかわいそうだ。とても努力家でいい先輩なのに。
それでどうなったんだろう。結果は察するけど。
「当然ながら失敗よ。盛大にね。鉄同士打ちつけあって音が響かないなどということわりはないわ。打ちつけ、すぐさま見張りがすっ飛んできたわよ」
それでまた枷を付けなおされたわけか。確かに茜にしてはやけにおとなしく手枷がはめられてるな、と思った。
「あ、そうそう。ついでを言えば、あんたがあたしらと一緒に入ってんのはあんたがそこそこ偉いだろうって思われたかららしいわよ?衣服とか、ね」
「どうでもいい情報をありがとう。ついでを言えばシャワーも浴びたいね、石鹸つきのバスタブで」
何いってんの、みたいな目で清は俺を見るが、現代日本人の思想としてはしごく当然なのだ。いつまでも磯臭いのはごめんだからな。
とまぁ、冗談を交えつつ真剣にこの巨船から逃げる手立てを考える必要があるな。いつまでもこんなじめじめ船酔い誘発室にいるのは精神衛生上よろしくない。
現状、まず立てなければいけない前提が別々に2つにある。まずひとつはこの船が未だ移動中である場合、もう一つはどこかの島に接岸している場合だ。
前者の場合、この牢屋から逃げ出すのと海に出たあとの足が必要、という2つの壁が存在する。邪魔な海賊はもう体力も回復したであろう茜様にゴリ押してもらえばいい。
だが後者の場合、牢屋から逃げ出し海に出る足が必要の他に大量にうじゃうじゃ出てくる海賊どもを相手どるという厄介事が増える。普通に考えて船の上よりも陸の上の方が人は多いからな。茜様でなぎ倒すのも限度がある。
豪華客船みたく救命ボートがこの船に付いているとは思えない。この辺の木材を使っていかだを作るにしても手間だ。そもそも船体の構造がわからないから出ても迷子になるだけなんだけどね。
結果、お手上げだ。
この手の脱獄ゲームは俺の専門じゃァない。それこそMI6あたりがやればいいんだ。
ゴン、ゴン。
「おや?ずいぶんと元気そうで安心したよ、平家のお姫様」
不意に誰かが牢屋の前に立っていた。とても清涼で、こんな薄汚いところとは無縁の、それこそホテルの係員でもやってそうなクリーンな声だ。ついでに言うとちょっとトーンが高い。
「へぇ、その気絶してた家人君も起きたのかい。僥倖、僥倖。オレの話を聞くのに寝てたんじゃ、すぐに鮫の餌にしてたところだだぜ?」
シャァ・…ゆぅー?何語?ニュアンスからして中国語かな。ていうか、誰?
目の前に立っているのは豪奢な着物を羽織り、しかしラフにはだけさせている紫がかった黒髪の少女だ。かなりの巨乳で野性味を帯びていた。頭髪を覆うバンダナもまた彼女の野性味を引き立たせている。
「あーひょっとしなくてもそこの彼にあたしのこと話してないの、平家のお姫様」
その猫のような細い目で女は俺を睨めつけた。少女であるのにかなり怖い。家貞さんが時々ブチ切れることとはまた違った冷たい恐怖を感じた。
「話してないっぽいね。ま、どーでもいいけど」
じゃぁ、便宜上「偉そうなおねーさん」でいいや。俺よりも年下っぽく見えるけど。
「で?覚悟は決まった?」
「ああ、あたしを人質に使って父上を退かせるっていう話?無理だと思うけどなー。父上はその気になればあたしなんてかんったんに捨てるわよ?」
「ああ、そう。さっすが王家のお犬様ね。娘も見捨てるとか嫌悪しか出ないわ」
あからさまな清の拒絶に「おねーさん」はけっ、と吐き捨てる。
「となるとあんたらに利用価値ってないよね?このまま鮫の餌にしてもいい?」
「ほーら、そういうところ。そうやって行き当たりばったりなんだから、海賊ってのは……ったく」
「偉そうに。ほんと世間知らずね。ぜんっぜん変わんない」
「あぁ?ひょっとしてあたしと会ったことあるの?」
清は首をかしげて、ちょっと考えるような仕草をしてみせる。しかし、特に思い当たる節がないようで、すぐに首を振ってお手上げとばかりにため息をついた。
「ごめん、思い出せない。そもそもあたし博多とか瀬戸内にたよりにする仲の人なんていないんだけど?」
「おいこら。十年前に会っただろ。あんときオレは7つであんたにぶつかられたんだぞ?」
その言葉に清は再び首をひねった。そしてようやく思い当たる節があったのか、ああ、ともらした。
「あんときの泥棒小僧!父上を泥棒だとか言った小僧ね!え、どうしたの?仏に祈って胸もらったの?」
「ちっげーよ!オレはうまれながらの女だっつーの!ばかジャネーノ!この馬鹿!阿呆!脳無し!」
忘れられていたことがよほど気に障ったのか、「おねーさん」はガンガンと格子を叩いた。老朽化がすすんでいたのか、彼女が叩いただけでボロリ、と格子の一つが崩れ落ちた。
「この龍月丸様の存在を忘れるとか、信じられない!これでも人には憶えやすい髪の色だ、と言われてんだけど!?」
たしかに紫がかった黒、というのは現代日本でも珍しい。いわんや、この時代ではもっと珍しいだろう。しかし、この場にはもっと目立つ色の金髪少女、平清盛様がいらっしゃる。ダークな紫色はスパークリングな金色の影に隠れてしまうのだな。あと、十年も前のことなんて普通は憶えてないよ。
名前、龍月丸っていうんだ。じゃ、「おねーさん」やめて龍月丸ちゃんにするか。十八の俺とくらべて年下だし。




