海賊vs平家武士団
夕霧が気絶して直後、無数の矢が平家船団の先頭部分を襲った。ただの矢であれば恐れることはなかっただろう。しかし、その矢には火がついていたのだった。この時代、ほとんどの船は木造だ。つまり火に弱い。平家の武士は慌てふためいた。
いくら海賊討伐に慣れているとはいえ、火矢を射ってくる相手など理解の外だ。
というのも、基本的に海賊は船をぶつけ、乗り移ってくるというのを使う。そもそもそれ以外に手段がない。飛び移る先の船を燃やすなど、かつて失態を犯して契約を打ち切られた企業に天下りをするようなものだ。
「くそ、はやく火を消せ!船が燃える!」
「しかし、いくら消しても……うわっまたっ!」
武士たちは飛んでくる矢から船頭たちをかばいながらも必死で抵抗する。船頭たちもまたフカの餌になりたくはないので必死で海水を船にかけていた。
先頭でのこの混乱はたちまち忠盛の船にも伝わり、彼は水平線へと視線を向けた。
そして驚嘆した。これほど驚いたのはもう十年以上も前、馬小屋で清盛の母親である雲蓮を見つけたとき以来かもしれない。
風を黒い帆で背負った一艘の巨大な船がゆっくりとその姿を周囲の小島から現すのを彼は見た。およそ、彼が知る中で見たことなどあるはずもない白河院の建てた五重塔を超えるほどの巨大な船がゆうゆうと瀬戸内の海を進んでいた。
隣に控える忠正も、家貞も、忠清も。その他多くの平家郎党は全員、腰を抜かしおそれわなないた。中には刀を放り出し、南無阿弥陀仏と念仏を唱え始めるものまでいた。
見上げるほどの船のには無数の男どもが姿を現す。筋骨隆々にして黒く肌を焼いた大柄、あるいは人相の悪い男たち。彼らは手に銛、刀、槍、あるいは弓を持ち、げはははははは、と気色の悪い声で高笑いをしていた。
「皆の者!臆すな!かの船なんぞのものや?われらは御帝、上皇様が放たれあそばされた矢ぞ!たかだか船いっぱい落とせずに武士なぞ名のれるものか!」
しかし、忠盛の復活は早かった。彼は周囲の家臣を激励すると、自らすすんで前へと出た。その姿を見て他の家臣たちもまたその背中に血が走り始める。平家の武士たちは腰の太刀を抜き、しきりに吠えた。
「海賊どもめ!高いところから見下ろしおって、今すぐ引きずり落としてやる!」
「伊勢平氏なめるなよ!我らは最強の武士団ぞ!」
「火などこそくな。かようなもので我らが首、取れると思うぞかたはらいたいわ!」
武士たちの咆哮に海賊たちの頬に一筋の汗が流れた。これが本場の武士か、と彼らの背筋に悪寒が走る。船の大きさなど無意味。これはやばい、と彼らは認識を改めた。
「首領……」
「ふん、犬っころが吠えているだけ。押しつぶすこと造作もなし!ぶっ潰しちまえぇ!」
首領たる存在の発した言葉を合図に海賊たちは我先にと未だ燃える船団の先頭へと降り立った。彼らには統率などというものはない。より多くの敵の首を刈る、これ一つを目的として彼らは海魔のごとく、船団を蹂躙していった。
船上の戦いに慣れているとはいえ、そう何人も船の上に乗れば武士たちの太刀はいいようには震えない。洗う海面という足場の悪さもあり、一足踏み込むだけで体は大きく揺れた。
「でやぁぁぁぁ!!」
「遅いよ、間抜け!」
勢い良く振りかぶる武士の首に海賊の持つ短刀が食い込まれる。対して海賊の武器は刀身の短いものばかり。銛とはいえ、さほどの長さはない。加えて集団ではなく明確に個として戦っているからこそ集団戦術にズレが生じる武士との相性は最悪と言っていいだろう。
仲間がやられようがお構いなし。自分の刃が、相手の刃が当たろうがお構いなしだ。大刀振るう武士、甲冑で身をつつむからこそ、体の動作は制限される。
「クソ!この海賊どもめがぁ!」
「吠えるなよ、ジジィ!」
すぐさま海賊たちは前線を突破し、忠盛や清のいる中央部へと殺到した。清の乗る船は忠盛からは少し離れていたが、大人数で攻めて来られ防戦一方であった。
そう防戦しかしてなかった。
即座に茜が直前の船を叩き上げ、反転させそれを何度も繰り返すことで海賊たちを海の叩き落としていたからだ。さしもの海賊も足場すらない海の上に叩き落されればそう簡単には登って来られない。登ろうと顔を出したところを茜や清、他の武士たちがバコバコと顔を叩いてまた海の中へと逆戻りだ。元から人数も少なかったので大仰に太刀を振るうこともできた。
反面、彼女たちからもまた決定打は与えられない。防戦に徹する他なかった。
忠盛の船もそんな感じだ。茜たちほど防戦一方というわけではないが、いかんせん、船という限られた足場の上では数の利点は対して意味がない。一つの足場における人数が限られ、容易に下がることも進むこともできないのだ。
反面、海賊たちにはそんなものは関係ない。あるものは海から襲い、あるものは船伝いで凶刃を振りかざす。おしくらまんじゅうのような陣形をとってしまったがために清たちの船のように人数が少ないわけではないので、どちらかと言えば何人かでもぐらたたきをやっているような状態だ。
「殿!海賊どもらはどんどん登って参ります。また未だ火矢を射たれ足場となる船はどんどん少なるは明白。ここはいったん近くの港まで退くべきでございます!」
「家貞、我らに海賊から逃げろ、とのたまうか!それは伊勢平氏がなお……gh」
反論する忠正の二の腕に流れてきた矢が突き刺さった。思わず二の腕を抑える忠正を見て、忠盛が決断を下すのは早かった。
彼はすぐにすべての船に一時的に近くの港へ撤退することを決定した。命令が伝わると武士たちの行動は早かった。すぐさま、船頭に命じて船を進め始める。その際に何人もの武士がしんがりとして死んでいった。
当然、清盛の船もまた撤退しようとした。しかし、残念ながら彼女の船は防戦に徹するあまり逃げ場を失っていた。気がつけば四方は海賊で囲まれ、彼女の船に乗っていた武士たちも満身創痍といった有様だった。茜ですら傷こそ負ってはいないもののぜーぜーと重苦しく呼吸をしていた。
「ねぇ、鱸丸。これ以上やって勝てると思う?」
「ふふ。夕霧殿がいらば多少はマシであったかもしれませぬが、ここでこれ以上太刀を振るうは愚考と心得ます」
鱸丸はその幼い顔立ちに似合わず、獰猛な笑みを浮かべながら答えた。それを聞き、清盛はふっと笑うと、手にしていた宝剣を船上に捨てた。それを見た他の武士たちも次々と手にしていた刀を捨てていった。かくして、清盛以下八名の武士、四名の船頭は海賊に投降した。
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