陰謀とは破滅の隠れ蓑
「ひめぇー!!一大事にございますぅ!!」
割って入ってきた武人はその豪腕で清と義朝ちゃんをあっさりと分けるとその額を地べたにこすりつけて義朝ちゃんに泣きついた。わけがわからない、と義朝ちゃんは泣きついてきた武人の頭を上げさせるが、そこには泥と鼻水まみれで汚くなった武人の顔があった。こういう時に不謹慎なのだろうが、それは笑わせて金を取れるくらいのアホ面だ。そんな笑っている事態ではないのだろうけど、これは笑わずにはいられない。すでに清なんかは肩を震わせて笑っている。俺も、もう……無理。プークスクス!
「ひめぇ、お家が、お家存亡の危機にてございます!殿は、殿は腹を召されるほどの覚悟にてございますぅ!」
だみ声と涙声が混ざりあったその声は見ているだけでことの重大さを訴えかけてくる。おかげで俺は笑うのをやめて武人の話へと耳を傾けることができた。一応清も空気を呼んでか笑うのをやめていた。
さて、この人は誰だろう?義朝ちゃんを姫と呼ぶのだから源氏に名を連ねる武将なのは間違いない。それに殿は腹を召されるとか言っているということは、それだけの何かを義朝ちゃんの父親である源為義がする、ということを知ることができるだけ上位にいるということだ。身なりはどうであれ、源氏の一族でも需要なポストにいるであろう人物がここまでの慌てようだ。はて、何かあっただろうか?
「満清!そうやって泣かれてても全く話がわからない。いったい、何がどうなっているのか説明してくれない?できるだけ、簡潔に、わかりやすく!」
「は、はぁ!し、しかし、こちらにおわす者共にも聞かれるのですよ。それに、一人は平氏の……」
「構わない。どうせ、父上が腹を召されるなどということならば平氏が絡んでおるに違いない。どうせ後に知られること。今ここで話そうとどうせ変わらぬ!」
俺たちを前にして言い渋る満清、と呼ばれた人だが義朝に説得されて語りだした。そして、満清さんが話した話の内容は俺たちを驚愕させるのに十分な内容だった。
「殿は、一昨日。藤原忠実様の御屋敷に参上なされました。その時、忠実様は殿にとあることを申されたのです」
*
事態は一昨日の昼頃へと遡る。その日、源義朝は筆頭家人である鎌田満清を連れて藤原忠実の屋敷へと招かれたらしい。招かれた、というよりも招集された、の方が正しい。なぜなら為義が座るのは地べたで、忠実はやわらかい座布団の上に座っているのだ。それにお茶も出さなければ、ねぎらいの言葉があるわけでもない。しかしそんな扱いは為義にとっては慣れたものだ。特段不快に思う、ということもなくかしこまって、忠実から下されるであろう命令を待った。
いつもならば忠実がこれこれこういうことをしろ、と為義に告げてそれだけで終わりなのだが、その日だけは少し趣が違った。まず、最初に忠実は為義に世間話でも語るかのように平忠盛が殿上人になった、ということを為義に告げた。
「為義よ。ぬしはなんと思う。遠慮はいらん好きなように申してみよ」
「は、まことに羨ましきことにございます。しかし、武士が殿上に入るというのは稀有なこと。極端に異例なことかと愚考いたしますれば」
「ふむ、それだけか」
肩透かしを食らった、と忠実は呆れてみせた。その理由がわからない為義は首をかしげることしかできなかった。
「為義ぃ!!」
刹那、天上から雷でも振ってくるのか、と為義と満清が勘違いするかのような心を震わせる怒声が落ちてきた。歴戦の武将である二人がそのあまりの怒声に恐れ、思わず姿勢を崩してしまうほどにその怒声は凄まじいものがあった。
彼が奥を見ればそこには地獄の閻魔と形容できるくらいにご立腹な様子の忠実がその細い目で為義に憤怒の視線を向けている。為義はわけもわからず、ただ狼狽する。いったい、何がここまで自分の主を怒らせたのか皆目見当もつかない。もとより為義がおべっかなどを使うことをあまり得意としていなかったことがさらに事態を悪くしてしまっていた。
「為義よ。おぬしは悔しくないのか?かつては源氏こそが東国の主と言われて隆盛を極めておったのが今では落ちぶれてその古びた着物のみしか着れぬのだぞ!おぬしはそれでもあの武士にして初めて殿上への昇殿を許された源頼光の血を継ぐものか!」
ははぁ、とひれ伏す為義だがその頭を為義は思いっきり踏み倒す。そして散々足でこねくり回した挙句、思いっきり蹴り飛ばしたのだ。為義は側頭部を強打し、弱々しく立ち上がりながら未だに怒りが収まらない忠実を見上げた。そこには武士の棟梁としての威厳はなくただの踏み敷かれるだけの弱者だった。
「のぅ、為義。おかしいとは思わぬか?共に武士の棟梁と謳われておきながら、一方は殿上人。片やもう一方は従五位下左衛門大尉。理不尽であろう?」
「そ、それは……」
「のぅ?」
「は、忠実様のおっしゃる通り……に……ございます」
「であろう?わしとしても長年我が家に仕える源氏がこのまま落ちぶれていくのは見るに耐えられない。そこで、じゃ。おぬしに起死回生の機会を与えてやろう」
その言葉に為義の目に光が灯った。それまでのただ飼い主のために芸をするだけの犬の目ではなく、武士らしい野心に満ちた目だ。
「二日後。忠盛が殿中に昇殿する。その時、ぬしは忠盛を切って捨てよ」
「し、しかし。殿中への帯刀は……」
「案ずるな。忠盛は一人で渡り廊を歩く。誰も見ておるものはおらぬ。誰もぬしが刀を持っておることなど知らぬよ」
それは悪魔の一言。現代日本で言うところの、赤信号皆で渡れば怖くない、と言っているようなものだった。しかし、それは事実で為義には抗うことができなかった。今の源氏の落ちっぷりを考えればこの時の為義に取れる行動には自由などなかった。吊るされた餌には食いつかずにいられないのが今の源氏だ。後世に語り継がれるようなキラやかな時代は今ここにはなかった。
「わかりました。……忠実様のお与えくださった機会。決して無駄にはいたしません」
「まこと、おぬしは物分りのよい男よ。忠盛を誅した暁にはおぬしを取り立てよう。検非違使などよりもより高位の官位。そうさな、国主などをやってみてはどうじゃ?」
国主!
その言葉に為義は心躍らせた。自分の父親から聞いた源氏の栄華の時代が再び戻ってくる、そう夢想していた。
*
なるほど。すっごいチョロいな。それが俺が満清さんから聞いた全貌を吟味して出た最初の感想だった。いくらなんでもチョロすぎる。そんなチョロさで源氏の棟梁など務まるものなのだろうか?もっと広い視野で物事を見ることはできないのだろうか?例え、ここで忠盛公を殺したとしても、国主になっても、いつまでも藤原家が後ろ盾となってくれるわけではないだろう。
もし、藤原家が危なくなれば真っ先に矢面に立たされて肉の盾となるのは明白だ。つまりは犬死だ。それが武士にふさわしい、犬の末路よ、と貴族は小馬鹿にするだろう。俺が同じ立場なら嘲笑するだろう。
それがわからないなんて。
「なんて愚かな……」
心なしにそう発言した。
「なんという愚かなことをしてくれたのだ、父上は!クソ、今から都に戻って、間に合うか?おい清!なんとか言ったらど……あれ?」
憤る義朝ちゃんの声が途絶えた。なんで、と問われれば答えは簡単だ。
気がつけば清は義朝ちゃんが乗ってきた馬にまたがって、ムチを入れていた。そして目にも止まらなう速さで馬は京に向かって走っていってしまった。
「あのバカ!私の馬を!」
「義朝ちゃん!他に馬はないの?」
「一応乗り換えるための馬が一頭。って!」
「いいからそこ案内して。二人乗りでも清に追いつくことぐらいはできるだろ!」
それにお互いに軽装だ。これで甲冑とかを着ていたら話は別だったろうが幸い、そのような状況ではない。俺が必死で頼み込むと義朝ちゃんもため息混じりに了承してくれて、予備の馬のところまで案内してくれた。
俺は馬に乗れないから義朝ちゃんが前に座って、俺は後ろにまたがる。俺がまたがったのを確認すると義朝ちゃんは「はいや」と威勢の良い掛け声と共に夕暮れの中馬を走らせた。
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