邪魔者登場
場上で高笑いしていたのは濡羽色の髪をはためかせて格好つけているように見える。妙に重心が後ろへと偏っていて、アンバランスなポーズを決め込んでいた。衣服はある程度整っているがそれでも見栄を張りたい感が伝わってきていてとても貧乏くさかった。まるで上杉謙信みたいなポーズをとりやがる、と思いながら夕霧はそのポーズを決めているちょっと間抜けな女武者に小馬鹿にした笑みを送った。
それが気に食わなかったのだろう。少女は馬を駆けさせて河原の砂や泥を夕霧にぶつけながら馬を止めた。おかげで夕霧が洗ったばかりの制服は泥まみれ、砂まみれ。とても滑稽な姿になっていた。
「ふふん、この私を小馬鹿にするからそうなるのだ。これに懲りたらもう二度とこの私を小馬鹿にしないことだな。それが貴様のためだ、三条!」
あたかも自分は悪くないと言い張るのは源氏の棟梁の嫡子、源義朝だ。彼女はこの前と似たり寄ったりの髪型アンド服装で格好をつけて馬上から飛び降りた。そして見上げたその顔は状況に満足しているようだった。
化粧などを一切していないために肌は日焼けして黒いが彼女の本来の野性味あふれる美しさを感じさせる。後ろで一括りに縛った濡羽色の長髪は夕日に輝いてその紫色の光沢が眩しく写った。腰にはこの前は持っていなかった太刀を下げていて、それがかなりのお高い品だというのは柄頭が金色だということでなんとなくだが夕霧には察せられた。
「で、何の用だ、義朝ちゃん」
「よし……。なんだ、その呼び名は。貴様は慣れ慣れしいな。私のことをちゃんと呼ぶなど無礼にもほどがあるだろう。貴様はこの場で手打ちにされても文句は言えないぞ」
それは嫌だな、と思いながら夕霧は愛想笑いを浮かべてどうにかして弁明しようとした。
「えっとだな。ちゃんっていうのは俺の国じゃ敬称なんだよ。こう、なに?とても敬う時に使う言葉みたいな感じ?とても愛情とか親しみをもって呼ぶ敬称であって、決して相手を貶めたり、年下扱いしてのことじゃないんだ。まぁ、文化の違いっていうのもあるだろうけど……」
「そうなのか!」
チョロいな、と夕霧は心の中でほくそ笑んだ。こんなチョロいのが未来の源氏の棟梁だとは笑わせる話だった。夕霧もまさかこんなあっさり騙せるとは思っていなかったのか、知識の無さは恐ろしいと学んだ。
「しっかし、平氏の御曹司というのはまこと、怠け者だな。武士であるならば武芸に励むだろうに。にも関わらずこうして河原で一人たそがれて。なんという怠惰。私に馬乗りで負けておいてこれで、まるで成長していない。貴様も父に殿上人を持つ身ならばその父の名前を恥じさせぬようにその身を院に注ぐべきではないのか?」
しかしも何もない。ひどい言いようだ。夕霧は顔を覆いたくなるほどに今の発言が嘘であってくれ、と願う。せっかく清が前向きになりはじめたのにここに来てなんでそういうことを言うんだ。
「ちょ、義朝ちゃん。そういうのは火に油を注ぐって言うんだけ……」
「義朝!あんたに言われたくないわよ。あんただって暇人でしょ。武芸の〜とか言いながら実のところただ芸を磨いているだけじゃない。犬みたいに」
あー言えばこう言う二人を見ているのは夕霧にとってとても気分の悪いものだった。特に清などは家の格を笠に着て言いたい放題だ。挙句義朝は激怒して、彼女の横っ面を思いっきり叩いた。負けじと清も彼女を叩くそれが何度も続き、ついにはもみ合いの喧嘩に発展した。
「このクソ!あんたみたいなのにはわかんないよ!殿上人がどんなもんか!」
「何を!そっちこそ藤原摂関家なんぞに頭を垂れる丸まった背筋の父を見るこっちを考えてみろ!ずっとかつての栄華に溺れ、必死になって藤原摂関家の足を舐める哀れな父を!」
「こっちだって殿上人の子供になれば見たくないものだっていっぱい見るのよ。あんた昨日の宴で親父殿がどんだけひどい目にあったか知ってるの?知らないでしょ!それなのにあたしをバカにしないで!」
*
「なにをぉ!」
「ふんぎょおお!!」
二人の美女がキャットファイトをしているのは見ていてちょっとおもしろかったけれど、さすがに互いに噛み付いたりするのはNGだ。分け入って止めようとしたが、俺は無様に弾き飛ばされ、制服に着いた泥はいよいよ落ちなくなるかもしれなかった。
この世界では一点もののこれが汚れるのはきつい。この時代の衣装ってあんまり着心地がよくないし、現代日本唯一の思い出なのに!
ちょうどその時だ。二人がもみ合い組み合いをしている最中、一人の年老いた男が俺たちに向かって鬼気迫る形相で走ってくるのが見えた。
その男は直垂を着、腰には刀を帯びている。冠も武士のそれだから間違いなく武士だろう。いくつもの古傷が覗く豪腕が直垂のそでから覗かせられ、見た目は貧相だがその中身は俺などは片腕で捻り切られるほどの武人なのだろう。
その武人が顔を真赤に狼狽しながら喧嘩をしている清と義朝ちゃんの中に入ったのはこれもまた滑稽だった。




