渡り廊の人斬り
俺たちが内裏の門前に到着したのはもう夕日がお山の向こうに消えかけている時だった。すでに篝火が門前を照らしていて、門の中へは今夜の宴に参加するのである殿上人たちが次々と入っていっていた。全員が貴族特有のおしろいなんかを塗って笑うときはべったりと黒く墨で染まった歯をむき出して笑うのだから君が悪い。百鬼夜行を見ている気分だ。
暗い中、忠盛公を探すが篝火だけでは顔の区別はつきようがない。それにひょっとしたらもう内裏の中に入ってしまったかもしれない。大内裏まではどうにかして義朝ちゃんの顔でパスできたがその後が問題だ。たしか、古典とかだとこういうときに渡り廊を渡るのが決まりだとか言っていたけど、その渡り廊がどこなのかがわからない。
馬を繋ぎ終わった義朝ちゃんが駆けつけて一緒にその渡り廊を探してくれるが、それでも見つけるのはそれなりの時間を擁した。それも殿中に忍び込んでのことだ。それに清も見つからない。馬はすぐに見つかったけれど、清の姿だけはどこにもないのだ。まぁ、彼女のことだからすぐさま渡り廊でも探しに入ったのだろうけど、それにしても見つからない、というのはちょっと困ったな。
あいつの性格からして忠盛公が為義に襲われているのを見たら渡り廊の幕を破ってでも乱入してしまいそうだ。クソ、さっさと回収をしないと。
「それにしてもこれが殿中。なんと風流のある庭作り、そして無数の寝屋か。この中に今の帝のお妃様たちがおられるのだな」
しかも相方は内裏の内装に驚いている。一応ここは殿中の入り口だからそこまでのものはないはずなのだが、まぁ、とにかく広い。見取り図で見るのとはまた違った威圧感のようなものを感じる。今夜は宴のはずだから天皇の奥さんたちの寝屋は空なのだろうけど、それでもやっぱり誰かに見られたらと思うと少し怖いな。しかもあろうことか俺も義朝ちゃんも内裏に忍び込んだ上に帯刀している。こんなところを見つかったら最悪打ち首だ。
「おい、三条!あれを見ろ」
そして突然、渡り廊の幕の中を伺っている義朝ちゃんが俺のそでを引っ張った。何事かと思って幕の中を覗くと黒い衣冠を上手に着こなした忠盛公がしゃくを持って廊を歩いていた。彼の周りには誰も居らず、もし狙うのであればこれ以上の好機もない
かった。
「なるほど。確かにこれは狙い目だな」
「そうね。あたしならこの場で躍り出て一刀のもとに切り捨てるわね」
そうそう。って。はい?突然俺たちのものではない声が聞こえてきた。振り返ってみると清が幕から同じように顔を出して中の様子を伺っていた。
「なんだ、いたの。どこにいたの」
「さっきまで父上探してた。で、今こそこそしてるあんたらを見つけたってわけ」
うわ。全く気づかなかった。俺たちの後ろから迫っていたのが清じゃなかったら今頃捕まっていただろう。これからはちゃんと後ろもチェックしとかないとな。
「それで、父上はまだ無事みたいね。ひょっとしてあんたの親父さん暗殺するの諦めた?」
「いや、そんなわけが……あ!」
彼女の驚嘆する声を皮切りに俺たちの意識は再び忠盛公へと向けられた。俺たちの視線の先には忠盛公、そして太刀を抜いて構える為義の姿があった。
すぐに清が動こうとしたが、それを俺が止める。今ここで清が躍り出ても事態をややこしくするだけだ。今この場面で重要なのは忠盛公が一人で状況を解決することなんだ。清が剣を振り回して解決したってなんの意味もない。むしろ清がまた忠盛公から叱責を受けるだけだ。
「……為義殿」
「忠盛殿……」
両者は互いに見つめ合って一定の距離を保っていた。特に為義は圧倒的に有利な立場にありながらどうにも攻撃することを迷っているようだった。
「殿中で太刀を抜くこと、帯びることは禁ぜられておりますが?」
「うるさい!おぬしのような勝ち馬に乗っておるものにはわしのように常に七難八苦に見舞われるもの気持ちはわかるまいて。今、このわしにはもうおぬしを斬るほかに源氏が栄華の時代を再び手にするのに手段がないのだ!」
初めて見る源氏の棟梁は見るからに小物感にあふれている。忠盛公よりも低く丸まった背、まるで手入れをしていない髭や顔の垢など、忠盛公とは対象的な人物だ。遠目でもわかるくらいに汗を流しているし、よほど忠盛公を殺すことが恐ろしいと見える。
「私を殺して、いかがいたす。確かに平家は落ちるであろうが、それが源氏が栄華を取り戻すこととは無関係でありましょう」
「それでも平家の者共に我らと同じ没落の気持ちを味合わせることはできる。それに、ぬしを斬れば忠実様が私を厚く取り立ててくださると約束して下さった!おぬしを斬らばわしは国主となれるのだ」
忠実という人物を全く疑っていないらしい。わからなくもないが、やはり安易にすぎる。源氏が選べる道がもうない、という言葉通りであるならこれは為義にとっては苦渋の決断だったのだろうが、それでもそうほいほいと相手の言葉に乗るものではない。この人は自分のちからで栄華を取り戻そう、という気概はないのか?清、義朝ちゃんの二人の父親を見比べると脱力すら覚える。
「藤原摂関家とていつまでも権勢を誇れるものではありますまい。いつかは切り捨てられるでしょう。貴方やろうとしていることは藤原摂関家という大木により掛かると同じ。自分で芽を出さねばなんの解決にもなりませぬぞ!」
「説教を垂れるな!それはぬしが勝ち馬に乗るからこそ言える言葉ぞ。ぬしとて泥水をすすればわしの苦しみが理解できよう!かくごぉぉ!!」
絶叫するが早いか為義は太刀を振り上げて忠盛公に斬りかかった。力強い一撃が振られるがそれはあまりに正直な攻撃に過ぎた。あんなの俺でも避けられる。忠盛公はなんとなしにサッとその一撃を交わした。一方の為義はといえばよほど勢い良く振ったのか、振り終わると前のめりによろけた。そんなスキを見逃す忠盛公であるはずがない。
すかさず為義の背後へと回り込み、彼のケツを蹴った。元からよろけていたところにさらに一撃が加わって為義はかっこ悪く地面へと転がった。その様子を見て、情けない、と思ったのか義朝ちゃんが目を覆って首を振っていた。
「クソぉぉぉお!せやぅ!」
諦めず為義は刀を振るが、その太刀筋はとても予測しやすくて忠盛公はあくびを噛み殺すような様子でそれらを避けていた。悪態をつく為義だがそれで当たれば苦労はしない。挙句、忠盛公が刀を振り終わったところで持っていたしゃくで為義の頬を叩いた。
為義はゴロゴロと転がり、彼の服はチリまみれになっていた。しかも彼のほうが動きやすい服装なのにそのざまなのだから互いの実力は推して知るべしだろう。
「忠盛殿。わしはぬしが憎い!白河の法皇に気に入られ、その御子を賜り、財を成し!鳥羽の上皇様にも気に入られ官職を次々ともらう。荘園も増え、今では殿上人という武士では最上の地位を得た。反してわしはどうじゃ?今では忠実様に従い、ぬしを殺すほかの道がない。……ふふふふ。だがぬしを殺せば平氏は終わりよ。わしらと同じ苦しみをぬしの子らに味あわせてやろう!」
これまでにない恍惚な笑みを浮かべて為義は両手で太刀を振った。これまでにない速度だ。忠盛公はかわすが、それでも紙一重といったところだろう。
「次は当てる。それでぬしは終わりよ」
何が吹っ切れたのか為義は太刀を篝火の灯りで輝かせながらゆっくりと体勢を立て直そうとする忠盛公に近づく。
「何か、勘違いをしておられるようだな」
しかし、そんな状況でも忠盛公の声は落ち着いていた。清も俺も義朝ちゃんも状況を固唾をのんで見守る。義朝ちゃんからすれば実の父親が暗殺という汚れた仕事をしているというのによく我慢している。
「私が殺されたとて、平氏は死にませぬ。むしろ、より隆盛を極めるでしょう」




