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源平活況物語  作者: 賀田 希道
かつて天を目指したものたち
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院前論争

 「父上はなぜ、あの場で何も言い返してやらぬのですか!」

 院を出てすぐに、ようやく口を開放された清は未だ近寄りがたいほどに汚れまくってしまった忠盛公へと詰め寄った。俺は巻き込まれるのが嫌だったので距離を取ったが、それでも彼女の怒声はよく聞こえたし、今頃院のどっかにいる茜のところにも聞こえるはずだ。


 「あの場で、父上よりも位の低い貴族共にあそこまでの恥をかかされ、なぜ父上はお怒りにならないのですか!いかに院の敷居、殿中とも言える場所であってもやっていいこととそうでないことの違いがわからぬわけではないでしょうに!あまつさえ礼まで!父上には、今の平忠盛にはあの海賊船での大立ち回りをやってのけた時の勇猛さも、何もないのですか!」


 激情に身を委ねて清はただただまくし立てた。今の彼女にはもはや父親である忠盛公に対する畏れや遠慮などは一切ない。ただひたすらに自分の憧れていた父親の醜態を嘆き、憤るだけだった。それは赤ん坊のようではあるが、はっきりと言葉で反抗しているあたりは赤ん坊のそれとは大きく違った。それでも父親に対して若干言い過ぎな部分があったことは否定はできない。三日前のアレもそれなりのものだが、これもそれにまさる激情振りだ。


 「父上?私は父上が院に使えることが武士の誇りを捨てた、とはもう言いません。ここ数日の出来事で私も心を改めました。しかし、いくら院への忠誠を捧げようと、武士としての誇りの尊さは失っていないと思っておりました。だが、父上は変わられた。魂を売り、ただの毛並みの良い飼い犬となってしまった!その挙句もらえたのはなんですか?着心地の良い殿上人という衣服と汚れた汁とまずい米だけ!まだ、武士としての忠を尽くしつつ、我が身を貫こうとする源家棟梁のほうがあっぱれと言えます。あの御方は武士として落ちても、まだ再起を狙う野心がございます。父上はただただ院に、上皇様に気に入られることばかりを考える卑屈者!父上は武士のは……うわ!」


 さすがにこれ以上は聞いていられなかった。これ以上聞けばこの二人の間で何かが決定的に崩れてしまうと俺は感じた。だから彼女の襟首を引っ張って言葉を遮った。当然清はがなりたてる。しかし、俺だってここでは引き下がれない。まっこうからの口喧嘩になってしまった。


 「あんたに何がわかるの?未来から来ただけのあんたに!これはあたしと父上の問題なわけ。あんたはあたしの家人だけど完全な部外者なの。関係のない人なの!それがあたかも二人のことはよくわかってるとでも言いたげにでしゃばって!そういえば、父上がただの院の犬でないことを見せてやる、とか言っていたわね。それがこの始末よ。やっぱり、父上は院の犬だったのよ。多分、刺客が襲ってきてもその男が院のものと言えば喜んで首を差し出すに違いないわ!この人はもう武士じゃない。貴族でもない。ただの犬よ。ただ官位にのみ固執するだけの汚れた犬なのよ!」


 「それは違う!忠盛公はこれからの日本にとって重要な存在になるんだ。それがわからないのはまだお前が本当の平忠盛という人間を知らないから……」

 「知らなくていい!本当の父上?そんなものは知らなくていいわ!たとえそんなものが存在していてもあたしにはただの薄汚れた犬にしか見えないの!犬をどんな視点で見たって犬以外の何に見えるわけ?犬は狼にはなれないの!」


 このわからず屋が。

 彼女は固定観念に囚われている。それだけ今に至るまで平忠盛という人間が彼女にとっての負の印象が強すぎるのだ。これをどうにかしない限り、たとえどれだけ活躍する忠盛公を清に見せても説得することは無理だ。


 「まだ一日ある!その一日で決めろ。お前の判断がただしか、どうかを。それが過ぎてお前が何も変わらなかったらそれはもうお前の器がそれまでだった、ということだ。でも、お前が本当に俺が知っている日本有数の革新の人である、平清盛なら理解できる器の持ち主であるはずだ」


 「それはあんたの知識の、でしょ?未来であたしがどんなふうに語られているのかなんてあたしは興味が無い。あんただって言ったじゃない。人の手で変えられる歴史には価値なんてないって。つまり、あんたの語る歴史にも実際の価値はないんじゃない。あんたが歴史を変えれば変えようとするほどにあんたの言う『平清盛』っていうのは壊れていくんだから!」


 「だとしても、だ!同じ名前のお前には可能性がある。可能性をむやみに浪費するのは悪だ。だからお前に平忠盛という人間を理解してほしいんだ!」

 「だから……そんなの知らないわよ……。あんた押し付けてるだけじゃない。あんたはあたしを見てるけど、それはただの希望よ。言葉の中身がまるで違う。あんたのあたしへの言葉は愛情とかじゃなくて、ただの希望じゃない……」


 清は燃え尽きたのか、ポツリと悲しそうにそういうと、俺の静止も聞かずに駆けていってしまった。その後姿を見ながら、忠盛公は俺に冷たい眼差しを向けた。

 「三条、今日の務めはもうよい。私は家貞を待つ。お前はもう帰っても良いぞ」

 「かしこまりました。ですが……」


 「言うな。私とて今は憤っている。何度、扇子をあの奥でふんぞり返っている老人に扇子をぶつけてやろう、と思ったかしれぬ。だが、今ここで手を出せばこちらが悪となる。それが今の日の本よ。あやつも、理解はしておるのだろうがな」


 しかし、心は許せない。

 「複雑だねぇー」

 いつの間にか戻っていた茜が俺の背後でポツリと呟いた。ぎょっとして見てみると、茜はいたずら小僧のようなニカっとした笑顔を浮かべてみせた。


 「脅かすなよ。てか、戻って来るの早いな」

 てっきりあのまま院から出られなーい、とか言うのかと思った。

 「あたしを舐めてもらっちゃ困るね。これでも方向感覚はいい方なの」

 「それは初耳だな」

 「だって言ってないしね」


 小馬鹿にしたように茜は鼻で笑った。

 「それよりもお前、今の見てたんだろ?何か感想は?」

 「そうだね。ま、当然のことかな、かな?」

 面白くもおかしくもない応えだ。だが、今の状況ならまぁ、当然の視点だと言えるな。


 「結局、答えは明日までわからん、か」

 「なぁに、感慨深げに言ってるわけ?中二病?」

 くたばれ。



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