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源平活況物語  作者: 賀田 希道
かつて天を目指したものたち
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演奏下落

 忠実はまるで頃合いを見計らったかのように左手を大きく上げた。それが合図だったのか、その直後急に楽器衆の演奏のテンポが早くなった。しかも、ただ早くなっただけではない。この音はもはや曲ではなくなっていた。強いて言うならストリートミュージシャンたちが即興で奏でるあの暴走精神あふれる音楽によく似ている。まぁ、言いたいことはまるで協調性がない、ということだ。


 もしわかる人がいるならどこぞの電光超人の音波怪人みたいな音楽、といったところだろうか。それくらいに彼らの演奏する曲は協調性を欠いていた。もはや、舞のための音楽ではなかった。

 しかし、それすらも合わせようと忠盛公は奮闘する。どうにかして楽器の奏でる騒音のどれかひとつにでもあわせようとするが、そうしようとした矢先、その音をかき消すようにして別の楽器が大音量を発して忠盛公を惑わしてしまう。


 挙句、忠盛公は音がわからなくなり、その時聞こえる音に合わせるだけになってしまう、ように見えた。それすらもはたから見ればただの乱雑な舞でしかない。現代日本はやりのフリーダンスというやつになってしまっている。フリーダンスは出来がよければ、流れる音楽に合わせてればいいものかもしれないが、こうも音が雑多では成功するわけがない。たとえ世界最高峰のスーパーダンサーがいても無理だ。


 「ほれ、なんじゃその下手な舞は!もっと優雅に舞ってみるでおじゃる!」

 そして誰の声かはわからないが、誰がやったのかはわからないが、突然透明な液体が忠盛公に浴びせかけられた。その液体の正体は酒。さっきまで酒を呑んでいた貴族のだれかが忠盛公に向かって酒を投げつけたのだ。


 かけられた量は少量でも、忠盛公の衣服は濡れてしまう。忠盛公は酒をかけられてすぐに駆けられた方へと視線を向けた。すると、すぐさま別の方向から酒が忠盛公へと投げかけられた。それも一回じゃない。色々な方向から酒が忠盛公にいじめか、と突っ込みたくなるほどに投げかけられた。最初はそれも貴族的な挟持的なものかと思いもしたが、そういうわけではないようだ。これは仕組まれている。誰の目から見てもそう思える現実だった。


 俺と同じくそのことを悟った忠盛公は酒を投げかけられても我慢して舞を舞い続けた。必死になればなるほど貴族たちは大いに笑って忠盛公へ酒をかけた。打ち水、いやこれはもはや清水をかけているようだった。つまり、貴族たちにとってこれは禊なのだ。朝廷に、院に入ってきた武士という異物に対する禊が今起こっていることなのだ。つまりこれは、


 「ちょっと何してんの!やめさせてよ、夕霧!義清!」

 俺と隣では清が俺や義清にこの騒動を止めろ、と必死で命令してくる。しかし、そんなことができる権限は俺にはない。ここで貴族たちに手を出せば俺たちはお咎めを受ける。挙句、とばっちりを食らうのは清の親父さんだ。


 「もういい!あたしが止める!ちょっとあんたらあたしの父上になn……うわ」

 目の前で酒をかけようとしている貴族に清が飛びかかろうとしたので俺は義清と協力して清の両肩を掴んで引き戻した。清は当然抵抗したが、義清が即座に清を羽交い締めにして押さえつけた。さすがは文武両道。イケメンにできないことはないな。必死に抵抗する清をまるでものともせずに(いわお)のような頑強な筋肉で清を押さている。


 「義清!あんた!それに夕霧!どうして止めんのよ!こんなのおかしいでしょ!」

 「清、落ち着け!今ここでやっていることはただのいじめじゃないんだ。ここで今やってるのは(まつりごと)だ!」

 「はぁ?このくだんないのが政って。あんたバカなんじゃないの?」


 当然食って掛かるが俺は諭すような口調で事情を説明し始める。

 「今、お前の親父さんに酒をかけてる奴らは全員、腹の中に野心や野望がある奴らだ。彼らはここでお前の親父さんに酒をかけることで自分たちが誰の立場を支持するか、というのを明確化しているんだ。ここに貴族のボス的存在の藤原忠実が来ているのもそういうことだ。この場で自分の勢力を見極めるためだ」


 「でも、そんなことのためになんで父上が!」

 「忠盛公はいわば院の中では異物だ。普通の貴族相手なら酒をかけるのも少しためらわれるけど、貴族ではないお前の親父さんなら話は別だ。心置きなく酒をかけられるだろ。つまりは生贄だよ。お前の親父さんもそれを理解して今あそこで舞っているんだ。親父さんにも野望があるんだ。それを実現するなら泥をかぶる……ぐのw!」


 結構いいこと言ってるつもりだったのになぜか蹴られた。それも思いっきりアゴをだ。解せない。これは横暴すぎる!

 「あんたバカじゃないの?泥をかぶってでも達成する野望なんてゴミよ、ゴミ。そんな野望には価値なんてないんだから」


 「おい、清。これ以上喚くな。ただお前の親父さんに迷惑をかけるだけだ。それに、自分の品位を下げるだけだぞ」

 そうやってなだめる義清を無視して清はなおも吠えた。しかし、そこは義清もすこぶるところで清の口を塞ぐかたちで彼女に布を噛ませて黙らせた。


 「まったく汚い舞よ!」「どうした、その程度で舞っておるつもりか!」「寄るでないわ、汚らわしい!」「ほほ、まるで酔ったにわとりよ!」「これを持って何を舞と言う!」「(きたな)らしい、汚らわしい!」


 見ればなおも貴族たちは忠盛公に酒を投げかけていた。そしてついに忠盛公は足をすくわれ、無様にも踊り場に倒れ込んでしまった。それを見ていっそう貴族たちは笑い、侮辱しながら酒や米を投げかける。忠盛公の衣服はもう酒で濡れ、汁や米で汚れていた。


 「もうよろしいでしょう!」

 その有様を見かねたのか、ついに主催者である高階通憲が声を荒げた。止めるならもっと早く止めろ、と文句を言いたいが、彼にも立場というものがあるのだろう。それにこの宴自体が一種の政だと自分でも言った。当然政を彼の一存で取り決まることなどはできない。少なくとも今の彼には。


 一喝されて貴族たちはようやく汁を投げるのを辞め、各々の席へと戻っていった。しかし、たとえ席に戻ってもクスクスと笑う声は止まらない。それが俺を不快にさせた。


 「この(たび)は……不出来な舞にて皆様方の御不況を買ってしまい、もうしわけございませんでした。この上は皆様方の御助言を心に刻み、精進いたす所存にてございます」

 そして汚れ、臭くなり、見るも無残になっても忠盛公は忠実に向かって一礼をした。それを見て忠通は声を潜めて笑っていたが、忠実は難しい顔をして忠盛公を睨んでいた。


 「た、忠盛殿。此度はこちらこそ大変な失礼をいたした。お召し物はこちらにて新しきものをこしらえさせよう。しかし……これ以上はその服では宴には参加できぬな。どうぞ……お引き取りを……」

 噛み殺すような口調で高階通憲は忠盛公に出て行け、と暗に伝える。忠盛公もそれを理解してか一礼をすると俺たちを引き連れてその場から退散した。

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