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源平活況物語  作者: 賀田 希道
かつて天を目指したものたち
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圓楽道楽

 老齢の貴族は顔中にシワが寄り、目は噛み尽くしたガムのようにしわくちゃになって淀んでいる。かなりの斜視なのか瞳同士がより、落ち窪んだ頬のせいでさらに老けて見える。口元は女の子のように小さく、しかもシワがよってより口元は小さかった。この時代の貴族のはやりである白塗りなどのない老齢な貴族の顔はとても精悍としていて、矛盾しているかもしれないがまだ若々しい覇気を感じさせた。


 その隣に座っているのは二十代後半くらいの美男子の貴族だ。眉毛を剃り、笑ったときに見せる歯は黒色だ。いわゆるお歯黒、というやつだが、この男には妙なくらい似合っていた。手には笏を持ち、父親と同じ黒い直衣を着ている。パット見この男はなんというのだろうか、強いて言うなら父親とくらべてインパクト負けしていた。それと言うのもこの男、隣の父親ほどの貫禄を感じないのだ。


 年が若いから、というのもあるがそれでもこの場にはあの男くらいの年頃の貴族は何人もいるし、皆素人目の俺でも腹に一物や二物ありそうな雰囲気を醸し出していた。強いて言うなら戦場に一輪だけ残った名もない花、といった感じだ。対してこの男は温室で育ったたんぽぽ、といった印象を与え、あんまり苦労をしているようには見えなかった。


 「で、だれ?」

 名前がわからなかったので義清に聞いてみると、一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに真顔みなってあれがこの宴の来賓の一人である、藤原忠実とその息子の忠通(ただみち)であるというのを教えてくれた。忠実はなるほどとして、忠通はなんというか……うん、失礼かもしれないが歴史の教科書に載るほどの人かな、と思った。


 一応、歴史的一大イベントを引き起こした人間の一人ではあるけれど、どうにもそこまでの大物とは思えない。むしろ、その場の空気に流されてしまいそうな日本人気質の人間だと言えた。いや、これから何か劇的ビフォーアフターを遂げるのかもしれないが、ちょっと期待できない。むしろ、某国民的人気青狸漫画に登場する変則ヘアー君ばりに困ったときにちちうえー、とか言いそうだ。


 「これはこれは、忠実様、忠通様。本日はかような宴にご参加くださり、まことにありがとうございます」

 二人の前に膳が出されると、主催者である高階通憲が平伏して礼の口上を口にした。忠実はつまらぬことを、とでも言いたそうに鼻だけ鳴らして、白拍子に舞を再開するように下知を下した。

 白拍子が舞を再開するとまた太鼓の音と笛の音、琴の音色が響きだし、貴族たちの雑多な声で場が再びガヤガヤと騒がしくなった。殿では忠通が父親の忠実と何か話をしているのが見える。高階通憲も進んで場を盛り上げよう、という気はないらしく、また実定に話しかけ始めていた。


 「ねぇ、夕霧!あたしお腹空いたんだけど」

 「お前朝飯食ってないのかよ?」

 「食べたけど、それ二刻以上前だし。そりゃお腹も減るわよ」

 「我慢しとけ。この場で何か食べるのは多分無礼に当たるしな。みろ、義清さんだってきっと腹空かしてんのがm……あ」


 腹が減ったとほざく清のために義清を例にあげたが、ところがどっこい。当の義清本人がどこから取り出したのか、蒸した米でつくられたおにぎりを食っていた。義清へと向けた指は力なく折れ曲がり、俺は言葉を失った。まさか、文武両道、立てば歓声、座れば美麗句、歩く姿は夏の木の葉の佐藤義清が宮仕えの最中に隠れて飯を食うとは思ってもみなかった。


 「で、義清が何?」

 得意面になってすかしたように笑う清を見て、俺は顔をしかめた。この女、思い知らせてやろうか、と思って彼女が背中を向いた時に俺は後ろからチョップを決める姿勢をとった。


 ちょうどその時、案内人に先導されて忠盛公が到着した。その時、場の空気がそれまでとは場違いなほどに凍りついたのを俺は肌で感じた。その場の貴族たちは会話などはするが、皆一様に視線は忠盛公へと向けていた。視線はどれも笑っておらず、いつもと同じく無感情な顔で廊下を歩く忠盛公への悪意のあるものだと言わざるを得なかった。


 「忠実様、忠通様。こちら、このたび上皇様より昇殿を許された、平忠盛様にございます。忠盛殿、本日はよう来られた。本日は楽しんでいかれよ」

 忠盛公が忠実、忠通の親子の前で平伏すると、高階通憲が彼に声をかけた。忠盛公はそちらに一礼し、忠実からの言葉を待った。


 「平家の……忠盛殿。本日はお忙しい中、かような宴へとよう参られた。こたびの宴はそこの高階通憲が主催したもの。いやしかし、この(ほう)だけでなく、わしも、そしてこの場にお集まりいただいたすべての方々が貴公の出世を祝っておるのじゃ。本日の宴、どうか心に残る良きものになるとわしは常に考えておる」


 重苦しい口調で綴られたその言葉は忠実という人物をベールに閉ざした。しかも、それは言葉としてはポジティブに捉えられるが果たしてその中身はどうなのか、と俺に思わせた。

 忠盛公はははぁ、と平伏して高階通憲に進められた席についた。


 その後も宴は続き、酒は酌み交わされた。貴族たちの腹は満ちていくが、俺と清の腹はどんどん鳴き出す。終いにはそれを貴族たちが笑うんだから、まさに空きっ腹に蜂というヤツだ。清などはもう面白くない、と言いたげで俺が視線を向けるたびに手の甲の血管がより一層くっきりと浮き出ているように見えた。それを見るたびに俺ははやく宴おわれー、と心から願った。


 「時に、忠盛、殿」

 白拍子たちの舞も終わり、そろそろ宴もお開きかな、と思った頃だ。それまでただ酒を呑んでいた忠実がこれまで挨拶の言葉以外に話しかけなかった忠盛公に話しかけた。そして、


 「こたびの宴での主賓である忠盛殿にひとつ、お願いしたきことがありましてな。――どうであろう、ひとつ舞などを待ってみてはくださらぬか?」

 そんな爆弾を終盤になって投下したのだ。


 俺は焦った。というか考えることを放棄していた自分の脳みそを恥じた。考えてみれば貴族第一主義の忠実が忠盛公の出世を喜ぶわけがない。本来ならたとえ招かれてもこんな宴に来るような人ではないのだ。つまり、ここでの忠実の目論見は忠盛公が舞は舞えません、と言って恥をかかせること。舞を舞えないなど昇殿を許されたものにはあらぬべきことであるな、とかなんとか言って。事実、忠実は「いやはや、やはり舞を舞うのは苦手でしょうかな?いや、これは失礼を……」とかわざとらしく言い始めた。


 しかし、忠盛公は「舞わせていただきまする」と応えた。背後で息を呑む声が聞こえた。清が驚くなら、きっと清も忠盛公が舞ができる、というのは初耳だったのだろう。

 「ほぉ、ではそちらにて舞って頂きましょうか?」

 目を細めて忠実はさっきまで白拍子がいた踊り場を示した。


 忠盛公は踊り場へと歩き、そしておもむろに檜扇を取り出した。すると楽器衆が笛や太鼓、琴を奏で始めた。それらに合わせて、忠盛公は舞を舞い始める。その舞はさっき舞っていた白拍子たちにまさるとも劣らない舞だった。花吹雪、という言葉があるが忠盛公の舞を素人目で見るのならばまさにそれで、華々しく、また美しくもあった。


 狂うことのない安定したリズムを打ち、見るものを圧巻させる。事実、文武両道と謳われる義清が、「これはすばらしい」と褒めるほどだった。俺の目の前に座る貴族たちも最初は睨めつけるようにして見ていたが、徐々にほぉ、と感嘆の声を漏らしていた。


 ふと殿を見ると高階通憲と実定はこれはすばらしい、とでも言うかのように笑顔で話し込んでいるのが見えた。高位の貴族ですら褒めるのだから、臣下としては鼻高々、といったところだろうか。もし今の忠盛公の様子を忠正が見たら泣いて喜ぶだろう。


 どうだ、と得意顔で俺は忠実を見る。そしてその時、俺は見た。忠実は笑っていた。まるで鹿が罠にかかったことに満足する狩人のようだ。

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