道中会話
玄関口では清が俺を冷ややかな目で見ながら待っており、少し居心地が悪かった。周りの家人、浪人の目線が俺と担いでいる茜に向けられたのもまた痛かった。特に茜などは服もだが、上方もこの時代の女性としてはありえないからなおさら目立つことだろう。目立つ度ランキングで言えば、茜が今のところ独走状態なのは間違いのない事実だ。
前にも言ったが、彼女はショートカットだ。そして前髪の一部が赤くなっている。まず、この時代の女性は全員、髪の毛が長い。現代日本のロングヘアーなど比べるまでもなく長い。さすがにラプンツェルとまではいかないが、髪の毛を束ねればロープくらいは作れるくらいには長い。なにせ髪を束ねなければ地面についてしまうのだ。
長いことに加えて、黒髪で細くへたれなどない真っ直ぐな髪が好まれる。そのせいか、くしなどはこの時代の貴婦人への贈り物として重宝された。だから茜が黒髪でも、短髪、一部赤髪、などの要素でこの時代の美人のカテゴリーから除外されてしまうのだ。さらに言えば茜が着ている服は生足が強調される学生服だ。みだりに肌をさらすなどはしたない、という風習によってかなり嫌悪される。
顔はどの時代でも好かれる類のものだが、めっちゃ美人、と言われるようなものでもない。この時代の美人とは、現代日本で言うところのブスだ。醜女だ。童顔の茜が好かれるという要素はほぼ皆無だろう。ついでを言えば女性が武装している、というのもマイナスポイントだ。この時代は武装した女性が有名になるくらいで、女と言えば風雅を楽しむもの、という不文律があった。
ま、今言った要素の中のどれも、ちょっとだけ視線の理由に少しかする程度だろうけどね。視線のほとんどの理由は俺が茜をかついでいることだろう。
つーか、こいつやぱり重い。頭脳労働の俺がこんな思い大太刀持ってる女を担ぐのに一体どれだけの労力を費やしていると思っているんだ。なのにくーすかかわいい寝息を立てて寝やがって。お前はどこの社長だ。許されるならこいつをこのまま鴨川に投げ捨ててやりたい。
「ほら、夕霧!はやくはやく!あんただけ遅れてるよ?」
そんな俺の苦労など知る由もなく、清は俺を急かす。頑張っているのに早くしろ、と言われるのは苛つくもので、俺は苦笑いをしながら茜を支える腕に力を入れた。
忠盛公は俺たちの小さな争いには目もくれず、家貞さんにせかせかと馬を引かせる。周囲に視線を回せば、道行く通行人は俺を物珍しそうに見ていた。忠盛公が視線を向けないのはこのためか。関係者じゃありません戦法か。なにかとても恥ずかしい。
「うー。おなかいたーい」
ちょうどそんな時に茜は俺の肩で目を覚ました。彼女の顔が俺の視線の向けられない位置にあるからどんな表情をしているのかはわからないけど、声から察するに晴れ晴れとした顔はしていないということはないらしい。
「うん?ここどこ?」
「都だ、都。今鳥羽にある院に向かってる」
「げぇ、ひょっとしてあたし寝過ごしてた?ちょっと今何時?」
「知るかんなもん。この時代にはまだ水時計どころか日時計も日本にはないんだよ。そんなに時間が知りたかったら腹時計で数えろ」
幸い、茜は特に暴れるということもなく晴れ晴れと起床してくれた。おなかいたーいあんた何あたしにさわってんのよ、とか叫ばれ、みぞおちに蹴りとか食らう未来が起きなくてほんとうに良かった。
「で、いまどこ向かってんだっけ?」
「あの、俺の話聞いてました?院だよ、院!これから院の宴に参加するの!」
あーそうだったわねー、と茜はわざとらしく相づちを打つ。となりでため息をつく俺のことなどお構いなしだ。
「てかさ、なんで清の親父さんだけ馬乗ってんの?なんであたしたちだけ歩きなの?」
「ばーか。この時代じゃ当たり前のことだよ。社長と同じ目線で社員は話さないでしょ?必ずへりくだって話すじゃん?そういうの」
なるほどね、と茜はわかったのかわかっていないのか曖昧に応えた。ただ、納得はいっていないようだった。今時の若者らしい反応だ。
自意識をもつのは結構だが、それが他人への配慮を欠けばただの横暴な態度、性格だ。願わくば、彼女の自由尊重意志が変な騒ぎの原因にならないことを願うばかりだ。
「夕霧さ、貴族ってそんなに宴会好きなの?あんたの話を聞くだけだと、清の親父さんの出世祝?みたいな事するんでしょ?夜ならわかるよ?でも昼って。そんなにすぐに仕事休めるの?」
院への道の暇つぶしにはちょうどいい質問が茜から飛んできた。確かにそれは気になるところだな。俺も古典の授業の時に貴族宴会好きすぎだろ、と思ったものだ。
しかし、別にこれは貴族が暇だから、というわけではないのだ。
「貴族の役職って言ってもさ。そんな茜が想像しているみたいにずっとデスクワークしてるわけじゃないんだよ。いろんな説があるけど、貴族の仕事っていうのはたいてい午前中には終わってしまうんだ。なにせ朝起きるのが早いからな。遅くとも11時くらいには大抵の貴族の仕事っていうのは終わるんだ。今回の宴は昼ごはんついでのものらしいから、参加する人間はみんな仕事なんてないんだよ。
ああ、清の親父さんみたいにその日の仕事がない人も当然いるよ?現に清の親父さんだって仕事があれば俺たちなんかよりも早く起きて御所に行くだろうしね」
「へー。ってやっぱ暇なんじゃん!まずさ、まずさ。仕事が午前中に終わるとかおかしくない?おかしくない?午後何すんのよ」
「そうだな。歌を詠んだり、けまりをしたり、すごろくしたりかな。あ、すごろくっていうのはこの時代にはやった賭け事ね。茜が想像しているようなみんなで楽しくやる人生ゲームみたいなのじゃないからね?」
「やっぱ暇なんじゃん!遊んでんじゃん!ねぇ、貴族ってひょっとしてものすっごいパートタイマーなわけ?今の聞いててなんもすげーとか思わないんだけど」
ここぞとばかりに茜ははっちゃける。だが、彼女がこうなるのもわかる。今のを聞いただけでは貴族はただのパートタイマーだ。アルバイト以下の存在だ。
「実はね。この午後の時間が重要なのさ。この時間は遊びよりも鍛錬の側面のほうが強い。ほら、茜の学校にも人気者っていなかった?例えば手品ができます、とか、とてもいい声で歌うとか」
「んー。あー、いたね。B組の露木君。とてもサッカーがうまかった」
「そーそーそんな感じ。そうやって人気者になるための時間なのさ、貴族にとっての午後っていうのは」
うーん、とまだ茜は納得がいってなさそうだったが、彼女が次の疑問を口にする前にもう俺たちは目的地である、鳥羽の院の前に到着していた。




