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源平活況物語  作者: 賀田 希道
かつて天を目指したものたち
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月下雇用

 我慢できず近所迷惑なども考えずに俺は声を張り上げた。そのときには相手が殿上人になる人、自分の主君、無礼討ちにされることも忘れて俺は加害者面をして自分の過去の失敗を悔いるように語る平忠盛という人物を間違いなく、自分で意識もせずに睨んでいた。

 突然俺が声を荒げ、張り上げたことで忠盛公もちょっと驚いたのか、さっきまで微小を浮かべていた口元が引き締まっていた。それでも、なんだと、も言わなかったので俺は続けざまに言った。


 「大殿が清に対して負い目を感じる理由、そして突き放したように振る舞う理由は重々承知いたしました。しかし、それが果たして彼女が今後成長することに繋がるのでしょうか?人は常に人生の指針を示す存在を必要とするもの。それは未来でも、今でも、たとえ幾星霜の彼方でも変わらない真理と言っても差し支えのない事柄にございます。


 大殿の行動はただ清を間違った方向へといざない、やがて彼女という人間を破滅の道一択しか選べぬ哀れな人間にしてしまいます。それが大殿が彼女に与えたい未来ですか?父親への反骨精神は人を成長させる、というわけではございません。目標となる人間は必ず必要とするべきなのです。清にとってそれは大殿であるべきなのです」


 「知ったような口をきくな。ただ放逐しても子供は育つ。自分一人で力を手に入れることもな。人とは元来そういうものだ。それとも、お前の時代では人はそれほど弱いのか?」

 「いえ、私が今申したいのは清には先駆者となる人間がいないということでございます。つまり、道標(みちしるべ)がいないのです。道標がなくては人は迷ってしまうものでしょう」


 この家族の温度差は史実、そして現実に見てなんとなくわかる。清は忠盛公のような犬にはなりたくない、しかし彼女がこうも忠盛公に突っかかるのは認めてもらいたい、という願望の裏返しだ。いわゆるツンデレだ。ただ、どれだけ突っかかっても忠盛公は相手にしない。だから彼女はより一層都で悪事を働く、それでも忠盛公は何も言ってこない。


 対して忠盛公は多分、負い目から清に自分の好きなように生きてもらいたい、自分の力で生きてもらいたい、と考えている。だけれど、それが突き放すことだというのはあまりに悲しすぎる。だって二人は親子なんだ。血がつながっていないとはいえ、親子なんだ。親子が互いに互いを想ってはいるが、ただすれ違ったままだなんて現代日本で生きていた俺から見ればもう悲劇だ。


 「大殿は清に、自分を知って頂くことが必要だと私は考えます。清は大殿を毛嫌いしているのではない。大殿が殿上人になった、などというのはただの理由づくりでしかない。彼女は大殿に認めてもらいたい、それだけを求めるているのです。しかし、彼女は不器用で、それでいて大殿とのことに関していえb……」


 「もうよい」

 忠盛公は片手を突き出し、俺の言葉を制した。その顔は真剣そのもので、さっきまで気軽に話かけられそうなオーラなどは微塵も感じられなかった。


 「なるほど、未来人というのは恐ろしいものだな。そこにいたるまでのあらゆる歴史的見聞からその時の人の心理を揺さぶることができる。歴史とは突き詰めれば人心を揺さぶる手がかりが内包されているのだな。まだ歴史書も浅い我が國とは比べるまでもない圧倒的な見聞的経験という名の知識。げにおそろしい。

 ただ、あくまでも少し揺さぶる程度だ。私は私が間違っていた、などとはおもっていない」


 忠盛公は眉間にしわをよせ、制した片手で自分の顔を覆った。指の隙間から俺を覗く瞳は眉が目に影を落とし、状況をより正確に分析しようとしているように見えた。

 「たしか、三条、夕霧、と言ったか?」

 「は、はい」


 「そうか。では、三条と呼ぶようにしよう。三条。これより三日後、院にて昼の宴が催される。そこに、清を連れて出席せよ」

 てっきり無礼千万で打ち首じゃ、とか言われるかと思いきや忠盛公はとんでもないことを言い出した。俺はその言葉に耳を疑った。


 「し、しかし。清はともかく私はまだ身分も一介の家人に過ぎません。その家人の身分とて清がただ言っているだけ……」

 「ならば、今ここで与えよう。清の家人としての証だ」


 そう言うと、忠盛公は自分の腰に差した脇差しを引き抜き、俺に取るように目で訴えた。その脇差しというのも一介の家人が持っていいようなものではない。鞘は漆塗りの光沢が月明かりで照り輝き、柄も同じく黒い。柄頭は銀色に輝き、鞘の先端にもどうようの銀細工が施してあった。


 「これがお前の身分を証明する。院には明日、私から言っておこう。元々は清、それから平次を連れて行くつもりであったが、平次よりもお前の方があやつが暴走せぬように押さえ込めるだろうて」

 「ついさっき殺されかけたのですがね」

 「ふ、なんならお前と共に清が連れてきた未来人でも忍ばせればよい。少なくとも、一人よりは心強いであろう」


 それなら、と俺は忠盛公の命令にこれ以上の異議は言わなかった。忠盛公も何かに満足したように頷いた。その顔は笑顔だった。

 ただし、笑顔ではあるけれど、どこか意地悪な笑顔だった。



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