月下問答
「――そういえば、先程お前は面白いことを言っていたな。たしか、平安時代に来なければよかった、とかなんとか。あれはどういう意味だ?」
一瞬にして俺の心臓の鼓動がいつもの倍以上に加速した。いや、別におかしいことじゃないけれど、聞かれていたのか?え、どこまで聞かれてた?唐突になんでその話題を選択した?まさか、その話を聞くのが本当の目的で、清云々はただのダシか?
「……なんのことでございましょうか?私にはまるでわからぬ話でございます。一体大殿が何を求めておられるのかも……」
「とぼけるな。私はまだ耄碌はしておらぬ。ちゃんとこの両の耳でお前が平安時代に来なければよかった、と言っていたのは聞かせてもらったぞ?もしや、その言葉の先あるものが清がお前を家人とした理由なのか?」
忠盛公は意地悪な笑顔を浮かべて身を乗り出してきた。俺はといえばどう応えればいいものか、と目を泳がせ、手のひらには脂汗、背中はこの数秒でかなり濡れてしまった。今ここでぼくちん未来人と言ってもいいが、そうなると俺は院という伏魔殿の中に巻き込まれてしまう。俺の未来人としての歴史的知識を活用しようとさえ思うはずだ。
その結果、本来なら起きるはずのない出来事が歴史上で起こり、清が意図していた面白く、自由な世の中とは程遠い世界になってしまうかもしれない。それはだめだ。だめだと言ったらだめだ。でも、言わなければ俺はこのままずっと拘束されるし……はぁ、これが板挟みというやつですか、そうですか。諦めて俺は自分の正体を明かすことにした。
「大殿、まことに馬鹿げた話ですが、私と昨日清盛様に召し上げられた女は今よりもはるか先の未来から来たのでございます」
「ほう?」
あれ、反応が薄いな。ただ意地悪な笑いをやめて真顔になって目を細めただけだ。なんだってー、とかいう大げさなリアクションをとるでもない。どこか、興味深い、とでも言いたそうな雰囲気だ。
「して、その未来においてこの國は平和か?それともまだ一部の特権階級が権力にしがみつき、肥え太っている世の中なのか?」
これから起こること、ではなく忠盛公は俺の生きた日本を聞いてきた。それが驚くことだった。もし、自分の保身を考える為政者ならば自分の身にふりかかる災いを聞くはずだ。この時代では陰陽師とかみたいな未来を読む人間はそういう風に使われる。信じているにしろいないにしろ、忠盛公もそういうことを聞くと俺は思っていた。これから為政者の一人になる人間が、未来を聞かないなんてちょっと為政者失格だ。
「……政に携わる人間は少数でありたしかに一部です。しかし、それらは民の中から選ばれたものなのです」
「なんと。今はまだ文字も読めぬ民の中から政に関わる人間を選ぶ、と?いや、それほどまでにお前の語る未来の民は賢い、ということか」
驚く反面、納得したように忠盛公は頷く。ただ一つ言わせてもらえば、文字は読めるし、自分で自分を分析できる脳みそがある程度だ。別に今の農民とかと変わらない。暮らしだって人それぞれだ。生活保護がなくては生きていけない人だってたくさんいる。
「今私が作ろうとする世には近いかもしれないな」
忠盛公は感慨深げにそうつぶやく。彼の言葉には実感が篭っていて、単なる気まぐれの発言には思えなかった。いや、それは早計だな。人が何を考えているかなんてわからないものだ。むやみに信用すぎるのもよくないな。
「國とは、民によって形作られるものだ。しかし、今の政はその本質を見失っている。貴族たちは権力闘争に明け暮れ、そして常にそのしわ寄せは民へと押し寄せる。だが、それが今の世では仕方のないことなのではないか、と思っていた。いや、それは逃げだな。私も今院にてたむろする害悪となんら変わらぬな。なるほど、清が私を犬と呼ぶのも理解できる」
「しかし、それでも大殿はこの世を憂へておいでだ。ただ己の財と保身のみを考える方々とは違うのでは?」
たまらず、俺は反論する。しかし、忠盛公は首を降って否定した。
「いやぁ?なに一つ違いはないさ。私も、彼らも。野望は小さい、大きいの違いはあるだろうが、皆権力を求め、そして己の地位がいつ危ぶまれるのかを気にしなければならない。お前も清から出自について聞いたのなら、私がどのようにして清を引き取ったのかは知るところであろう?結果として院は私の働きを認め、取り立てた。私は清を利用していたのだ」
「清盛様に、いえ失礼を承知で清と呼ばせて頂きます。清にあれほど叱責されてお怒りにならないのはその負い目でしょうか?先程は喉が保たん、と申しておりましたが、もし負い目などからだとすれば……」
「ずいぶんとアレに目をかけるな。あるいはお前の語る未来ではアレが重要な役回りになるのか……。いや、つまらない詮索だな。お前の問いに応えるのであれば、答えは『おそらくお前が正しい』だ。アレを叱責せずにおるのは赤子の時にあやつの母親を救う力のなかった自分へのいまs……」
「それは、間違っております!」




