四日後
この状況が全く飲み込めていない、というのはとても羨ましいことで、俺も叶うならば無知でありたい、と願ったものだ。そうすればこの重い空気に耐えるというMプレイもはねのけられる。物陰から様子を伺うが、忠盛公が去ったあともまだ座敷の空気は重い。さっきまで散々清を罵倒していた忠正ですらこれ以上何か言うのは悪い、と思っているのか、押し黙っていた。
それ以外の三人も忠正と同じなのか、うつむいたまま互いの顔色を伺っていた。特に平次などはおろおろして状況が整理できていないように見える。家貞さんはそこは長く平家に仕えてきた、と言うべきかただ無愛想な顔で空を睨んでいる。そして伊藤忠清は、何を考えているのかがわからない。黙ってはいるが、どこか状況に薄ら笑いを浮かべている気さえした。
「さて各々方、そろそろお開きと致しますかな?」
そんな沈黙を破って家貞さんが口を開いた。家貞さんは真っ先に腰を上げると、召使いを呼んで自分たちの膳を片付けさせた。それを機に場の空気がどっと抜け、それまで黙っていた面々も清を除いて立ち上がり、奥の間から撤退しだした。
ただ一人、忠正だけは去り際に清に周りにも聞こえる声で、
「やはり、お前は不出来な娘だ。兄上が育て方を間違ったのだろうな。強くもなければ、ちからもないただの餓鬼だ」
それだけを言って忠正もその場から退散した。あとに残った清には本当にやり場のない怒りだけが残り、そして置き去りされた膳を思いっきり蹴り上げた。
「あああああああああああああああああぁxくぁあぁあああ!!」
清は雄叫びを上げ、鞘に入った剣で膳を叩く。膳は叩き割れ、その上に乗っていた野菜や魚の煮付けなどが木の床に飛び散った。味噌汁などは派手にぶちまけられ、お椀のいくつかは庭へと飛ぶ。そして箸はボキリと叩き折られ、柱に刺さった。
「父上は、!なにも!わかって!いないわ!ただ、朝廷の!王家の犬となるだけだというのにぃ!」
擬音をつけるのならドッカンバッキンとでもすればいいのか、彼女は地団駄を踏み、そして剣を振り回す。乱心しているわけじゃない。納得、そして理解ができない彼女はただ本能と感情に従うしかないんだ。でも、それはただ自分を傷つけるだけなんだ。
「なぁ、清」
「何?」
これ以上見てられず、俺は彼女が暴れている中に飛び込んだ。そして突然現れた俺だ。清からすれば邪魔者。何の直後に清は俺に向かって剣を振ってきた。
その一撃を茜が自分の大太刀で軽々と防いでくれなければ間違いなく吹き飛んでいた。今日は清に守られ、茜に守られてと守られてばかりだな。つくづく自分の脆弱さが嫌いになる。
「ちょっと茜。あんたなにそいつ守ってんの?あたしは今機嫌が悪いの。わかるでしょ、それくらい」
「だからってこれが殺されるとあたしが路頭に迷うのよね。それにこいつはあたしを可能な限り養ってくれる、らしいし」
言ってない。そんなこと言ってないぞ?ただその場のノリで好きなものを食わせてやる、とか言っただけだからな?
「清さ、別に暴れるのはいいけれど誰にも迷惑をかけないところで暴れてくれると助かるな。今清が暴れて散らかしたこれ、召使いの人たちが片付けるんだからな?」
「……」
「わかってることなんだけどな。それに、お前の親父さんが言ったことを全面肯定するわけじゃないけど、少しは理解してやってもいいんじゃないのか?少なくとも、今のお前が獣みたいだ、ていうのはあながち間違いじゃない」
つぶやき、俺は少し考える。そしてまた口を開いた。
「面白く、自由に生きたいとか言っていたけれど、今のお前はまだ忠盛公の庇護の元で生きているのさ。昨日検非違使に捕まった時もすぐに釈放されただろう?アレはお前が平忠盛の娘だから、釈放されたんだ。清はまだ自分で何一つできていない、ていうのはそういうことだ」
面白くなさそうに清は仏頂面になって剣に力を入れた、ように見えた。手にこぶができていたし、さっきまでびくともしなかった茜の大太刀が微かに揺れた。
「ねぇ、夕霧。少しおかしい。清のちからがどんどん上がってる」
「なにそれ。押し返せないの?」
力が上がってるって。それって筋力的なもの?
「うーん、今押し返さないギリギリで力セーブしてんだけどさ。説教垂れんならさっさとしてくんない?これ以上力込められると弾かなきゃいけなくなる」
「了解。――それでさ、清よ。お前が父親は間違っている、と判断するのはお前の親父さんが殿上人となって何を得たか、それを見届けてから判断してもいいんじゃないか?俺の知っている史実の平忠盛は文武に優れ、またそれを正しく利用することができるとても優れた人間だ。こんなことを言っても信じないとは思うけどな。
でもな、もしお前が今抱いている嫌悪が的外れなものだった時のために、どうかここは剣を引いてくれ。でないとお前は必ず道を外す。何も成さないまま朽ちて果てることになる。それだけは俺が太鼓判を押して保証してやる」
「それって保証する意味あろう?」
真面目に語っているのに、茜は半ば呆れて水を差してくる。うるさいよ。
「……つまり四日後まで待てっていうこと?」
「そうだ。殿上人になるということがどういうことか、清は知る必要がある」
「ふぅん。待って、それでも何も変わらなかったらどうするつもり?」
そのときは今ここで清に待ってもらうよりも簡単だ。
「俺を好きなだけなぶってもいいし、簀巻にし河に流してはるか彼方のサメの餌にしてもいい。とりあえず清の好きなようにすりゃいいさ。清の時間を四日も奪ったんだ。俺のすべての人生を奪っても安いくらいだ」
「ふ、わかってるじゃん。――じゃ、そういうことで」
意地の悪い笑みを浮かべ、清は剣を引いた。俺は安堵のあまり大きくため息をつき、体中の筋肉が一気に力を抜けた。
とりあえず待ってもらうことには成功、かな。清は話せばわかる類の人間だ。たとえ彼女の頭に血が登っていても話くらいは聞いてくれる。そこが今ある彼女の数少ないチャームポイントだ。どこぞのハーレム系ヒロインのようにただ暴力を理不尽に振るって、話を聞かないわけじゃないからな。
「四日後、楽しみにしてるわ。そしてそれが過ぎたら、あんたを簀巻にしてエタ共の巣にでも放り込んであげるから」
それは楽しみだな−。
こわすぎでしょ。
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