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源平活況物語  作者: 賀田 希道
かつて天を目指したものたち
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確執

 清の顔は後ろ姿しか見えないけれど、忠盛公の左右を固める平家の重臣たちの顔はとても険しかった。暗くなり、夜にもうすぐなるだろう、という頃合いだ。それでもろうそくの灯りによって彼らの表情ははっきりと遠目にも見えたし、その表情から清が何か言ってはいけないこと、例えば忠盛公のバーカ、みたいなことを言ったのは確かだ。


 この流れから行けば、父上に失望しました、とでも言ったのかもしれない。清の話を聞く限り今あの座敷にいる面々は忠盛公を尊敬していそうだし、そんなことを言われたら目くじらを立てるかもしれない。

 右に座っているのが今日の朝忠盛公の横に控えていた平忠正だろ?四人の中でひときわ険しい顔をしていて、持ち前の無精髭が静電気で引っ張られているかのように逆だっている。アニメーションで見るライオンのたてがみみたいだ。


 その対面に座っているのは年も俺とあんまり変わらないように見える色黒の肌の少年だ。さっきの鱸丸の話を聞く限り、あれが平次、というやつだろう。たしか清の弟だとか聞いたっけ。まだ幼さが残る顔つくり、女性と見間違うばかりの美青年振り。髪の毛は肩ほどまで伸び、現代日本でならミディアムくらい。白い直垂(ひたたれ)を上品に着こなし、まさに貴公子という言葉が似合う。


 その隣には座って、ことの成り行きを見守るようにして目を細めている中年の男武者がいる。年は三十くらいだろうが、今あの座敷の中ではどこか年のほどには似合わない貫禄のようなものを感じさせる。袖から覗き見る腕毛には歴戦の将だと感じさせる刀傷や矢傷が無数にあった。察するに、あれが平氏第一の将、平家貞だろうか?


 最後に、対面に座っているどこか腹に一物ありそうな顔をしているちょび髭の男、消去法で考えるとあれが伊藤忠清だと思う。群青色の直垂を着、苦い顔をして清に視線を向けていた。見た目は家貞、さんよりも若そうだが、それでも三十は余裕で超えていそうだ。いや、肌がやに白いから女ものの化粧をしているだけかもしれない。


 とにかくそんな濃ゆいメンツの視線を清は一点に集めていた。そして空気は重くなり、少し離れた位置の俺たちが覗いている場所まで伝わってくるほどだった。


 「清、さっきの発言はどういうことだ?」

 大声ではないのに忠盛公の声はよく通った。それは少し離れた俺たちにも届くくらいの声量だった。昔読んだ某中国大河漫画の大王様のようだな、と思うくらいにはよく通る声だった。ただ、それでも少し聞き取りづらかったのでもう少し接近してみる。具体的には見えるギリギリのところで物陰に隠れるのだ。


 「父上!どういうこともかくいうこともございません。父上は志を、強く生きると私に言ったことをお忘れになったのですか?」

 清は激しい口調で忠盛公に詰め寄った。今にでも担いでいる剣を抜くか、と心配するくらいの激しい感情の発露だった。


 「おい、清盛!貴様、兄上に対してなんという口の利き方だ!そうでなくとも貴様は普段の都での所業、害が兄上をどれだけ苦しめているか理解できるか?挙げ句の果て今、なんと言った?兄上が忠実で毛並みのよい王家の犬となっただと?――ふざけるな!貴様の言動は今ここで斬首にしても文句など誰ひとりとして言わぬ主君にたいする叛逆だ!なにゆえに兄上が未だに貴様を生かしておくのかがわしには理解できん!」


 そしてその清の言動に反応を示し、真っ先に口を開いたのは忠正だった。自分の兄が侮辱されれば当然の反応だ。それに清の発言には俺もどうかと思う。あんなことを言って平手打ちの一つも飛ばないとは、どれだけ忠盛公はできた人なのだろう?ここまで自分の本能を、感情を押し殺すことができる人間も少ないはずだ。


 清はさらに目元にシワをよせ忠正を睨むが、すぐに忠盛公に視線を戻した。忠盛公は相も変わらず何の反応も示さず、ただ静かに清の言葉を、というか罵声を聞いているだけだった。

 「忠正、少し落ち着け。お前が今ここで怒ったところで何も変わらない。すでに出してしまった言葉が引っ込むことなどない。だがな、清。お前は一つ誤解している」


 清は片眉を釣り上げ、

 「誤解とは?」

 と短く答える。


 「それはお前がまだ井の中で鳴くだけの(かわず)だと言うことだ。お前は自分が強く、また自由に生きていると感じているのかもしれない。だから院に仕える私をけなすのかもしれない。だがな、それこそが間違いだ。今のお前がしていることはただの感情を無作為に飛び散らしているだけに過ぎない。それは自由ではない。ただの獣よ」


 「獣?私が畜生だとでも言うおつもりですか?では、父上はどうなのです?今の父上もまた獣ではないですか。院に毛並みよいしっぽを振り、舌を出して息を荒げる犬ではないのですか?」

 「そう見えるのなら、そう思っておればよい。今のお前ではそれが限界だということだ」


 獅子は子供を強くするために千尋の谷へと突き落とす、と言うけれど今の言葉は千尋の谷なんてものじゃない。清の器の底に手を置き、その器の浅さをあざ笑うようなものだ。清は表情筋を激しく動かし、手に持った剣がカタカタと震えだした。そして彼女の鼻息がどんどん荒くなっていき、歯ぎしりが聞こえるくらいに腹の中で怒りの感情が荒れ狂っていた。


 「家貞、私はこれより寝所に入る。あとのことは頼むぞ」

 そんな清を放って、忠盛公は奥の間から姿を消した。まるで無責任。焚き付けるだけ焚き付けて、清は怒りの矛先を失ってしまった。あとに残った家貞さんや他の平家の重臣も言葉を失ってただ放心するしかなかった。彼らもまさか忠盛公がここまで突き放すような物言いをするなんて思っていなかったのだろう。俺もびっくりしている。ただ一人茜だけが無頓着にあくびをしていた。

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