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源平活況物語  作者: 賀田 希道
かつて天を目指したものたち
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落ち武者

 まず先頭に躍り出たのは清の馬だ。清は馬の脇腹が張り裂けるか、というくらいに蹴り続ける。さっさとリードしてうさぎとかめをしよう、というハラだろう。しかし、一キロも走るんだ。馬を最初に疲れさせては意味がない。そのあたりからして清には馬術のセンスはあまりない。あまりない、というか、皆無と言ってもいいだろう。


 清の馬は徐々にスピードを落としていき、代わって義朝ちゃんの馬はどんどんスピードを増していった。負けじと清は馬の腹を蹴るが、馬は鳴くばかりでそのスピードはより一層落ちていった。義朝ちゃんは馬術を云々言っていたけど、それは本当みたいだな。みるみるうちに馬同士の距離は広がっていき、清は離されていった。


 挙句、彼女は馬の耳を引っ張ってスピードを上げようとするものだから馬は叫び、そして首を大きく無造作に降った。彼女の持っている手綱は上下左右と揺れ、彼女の態勢は不安定なものへと変わった。そして、次の瞬間、馬が大きく立ち上がり、清は驚いて手綱を離してしまった。そのまま彼女は地球の運動の法則に従って、ケツから地面にドサリ、と落ちた。


 思わず笑いそうになったが、ギリギリで我慢する。ここで笑っているのが清に見られたらあとで折檻されかねない。しかし……くっ。やっぱり笑わずにはいられない。口元を隠して笑えばきっとバレないだろう。

 清は落ちて、そのままでんぐり返しとばかりにごろりと後ろに回転し、そして顔面から地面にべっちゃりと突っ伏した。うん、やっぱり笑ってしまおう。影でこっそり大声で笑ってしまおう。


 転げ落ちた清を置いてきぼりにして馬は走っていき、同じく義朝ちゃんも走っていってしまった。ここからどれだけ清が走っても義朝ちゃんの勝ちは揺らがないな。悔しそうに清は腰の剣を抜き、地面に思いっきり叩きつけた。グワン、という思い音が響き、剣は跳ね返り、柄の部分が清の眉間に命中し、再び彼女は倒れた。有り体に言えば気絶した。


 慌てて駆けつけてみると、眉間から血を流し、とても痛々しい。何をどうすればいいのかもわからず、オロオロとしていると、義朝ちゃんが馬に乗って戻ってきた。驚いたことに清が乗っていた馬は息をあげているのに、義朝ちゃんの馬は息を荒げていない。馬術の腕の違いというのは本当に恐ろしいな。などと関心していると義朝ちゃんは俺に布切れを投げつけてきた。


 「それを使って止血しろ。大した血の量ではないから死ぬことはないと思うが、念のため、な」

 「ありがと。優しいねぇ」

 「ふっ、こんなことで平氏の御曹司が死にでもしたら一門の恥であろう?これは私からの貸しのようなものだ。それと、貴様ずいぶんと気安いな」


 俺は笑って誤魔化し、清の額に布を巻いていく。ジワリと布に血のにじむが、気にせずに彼女の頭を胸よりも高くする。よくわからないけど、頭が傷ついた時はこうやったほうがいいらしい。ただ、ちょうどいい枕もないのでここは全世界の男性が女性にやってもらいたいアレでもやりますか。

 ま、あとで殴られるかもだけど。


 「なぁ、貴様は主君を主君と思っていないのか?」

 俺のその格好を見て義朝ちゃんは苦い顔をした。なんならあんたもやるか、と言ったら笑われた。

 「そういえば、まだ貴様の名前を聞いていなかったな。なんていう名前なんだ?」

 「三条夕霧だ。これから会うことが増えるかもだけどよろしく」


 「変わった名前だな。三条などという名前を聞く限りだと藤原家の分家に似たような名前の家があったかもしれないが、そことは関わり合いはなさそうだな」

 「あってたまるか。俺は武蔵国から来たんだぜ?」


 嘘じゃない。あくまでも別の時間軸の武蔵国、もとい東京だけど。

 「武蔵、か。我が源氏の故郷と言ってもよい場所だ。いつか私も赴き、偉大なる祖霊と共に戦場を駆けたいものだ」


 偉大なる祖霊というと、源義家とか頼光とかだろうな。特に頼光は頼光(らいこう)とも言われるほどの超有名人物だ。坂田金時を含めた四天王を率いて酒天童子、茨木童子と言った鬼を倒し、土蜘蛛という大妖怪までも屠った、という伝説がある。一説には鬼子だったとも言われる人だけど、それくらいに強烈な人だった、ということだろう。


 「では、私はこれで失礼する。日もそろそろ傾いている。こんなところで油を売っているわけにはいかぬのでな」

 それにしちゃぁうちの主君とお楽しみでしたね。嫌味でも言おうかと思ったが、それよりも先に義朝ちゃんは馬の腹を蹴ってもう遠くに行ってしまった。


 その場には俺と清だけが取り残され、しばらく俺は清の開放をすることになった。その間、清が地面に投げつけた剣を手にとって見てみたが、予想以上に重かった。米の入った袋の二倍、いや三倍はある。清は宝剣だとか言っていたけど、宝石の類が埋め込まれているわけではない。それに刃こぼれがあまりないから実はそれほどの年代物ではないのかもしれない。


 高級品であるかどうかも怪しい。よくある、骨董屋で高い金を払って買った絨毯が贋作でした、などということはよくあることだ。普通、宝剣とかだったらどこかに紋章かなんかがあると思うけど、これにはそういったものもない。宝剣であればそういったものがどこかに……お、なんだこれ?


 剣の柄頭に何か描いてあった。ひょっとしてこれが紋章か?すり減っていてよく見えないな。蛇?いや、これは龍、か?龍の紋章が彫ってあるだなんてひょっとして中国のお偉いさんが作らせたのか?

 龍は古来より中国で神聖視されてきた生物。王族や貴族が威信のために使ってもおかしくない紋章だ。


 あー虫眼鏡がほしい。あるいはメガネ。それと何か明るいものがほしいな。そうすればこれがどんな龍かもわかるのに。


 「ねぇ、何あたしの顔覗き込んでるの?」


 ちょうどその時、ゾッとするような空虚な目を開けて清が目を覚ました。

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