馬術勝負
「家人だと?貴様には鱸丸がいたと思ったが、まだ家人を増やすのか?私も一応の家人は一人いるが、一人養うだけでもかなりきついぞ?貴様の小遣いで養えるのか?しかも一気に二人も。もし、金がきつい、と言うのならばよい稼ぎ先を紹介してやってもいいぞ?」
義朝ちゃんはなんか手のかかる子供の世話をしているお母さんみたいなことを、言い出した。そしてそれを聞いていて清がへそを曲げないかと言われれば答えはノーだ。そこに間違いはない。
「ちょっと!あんたあたしの母親?母親ですかー?まったく、これだから武芸娘は。こうやって世話を焼いてもらうのは男は好みかもだけど、女はあんまり寄せ付けないの!あんたさー、もうちょっとそういうの得意になりなさいよ」
しかも、逆上して話がよくわからない奉公に転がっていた。ぶっちゃけ見ていてなんだか面白かった。ちょうどそんな時にあかねが汚れを落とし終わったブレザーを持って俺たちに合流した。
「ただいまー。ってだれ?」
義朝ちゃんを一瞥して、茜は俺に問いかける。俺は小声で、源義朝、とだけ答えた。しかし、低学力の茜は首をかしげるばかりだ。別にバカにしているわけではなく、ここでもし茜がこの先にあるかもしれない未来を言ってしまったら困るのだ。
史実を少しでもかじっている人間ならわかる簡単な未来だ。こうやっていがみあってるけど、どこか気の置けない仲の二人はやがて……。あー嫌だ嫌だ。
「あ、そのブレザー。そこに焚き火があるから乾かしとけよ。今が春の終わり頃って言ってもまだそれなりに寒いからな」
ほいほい、と茜はどこからか木の枝を持ってきてブレザーをかぶせて、マシュマロでも炙るかのように焚き火にかざし始めた。火の勢いが強い方が早く乾くだろう、と思って俺は薪を探しに行ったが、五分くらい経って戻ってきたとき、まだ清と義朝ちゃんはいがみ合っていた。
「まだやってんの?」
「ねー。あ、その薪はやく焚き火の上置いて−。そうすればあたしのブレザーも早く乾くから」
茜に言われて薪を置くと、しばらくして薪から薄い煙が立ち上がり、じきにそれは煙を中心として徐々に薪に燃え移っていった。
「――とにかくだ、清盛!この私と勝負しろ。貴様に獲物を横取りされて以来、私は武芸に励んだ。今では笠懸、犬追物、流鏑馬はもとより、馬同士の競い合い、剣術、弓術、果ては槍術までとおよそ武芸と呼ばれるものを極められるだけ極めた。さぁ、馬術にて尋常に勝負しろ!」
「勝負って……そもそも馬同士の競い合いなんて無理でしょ。あたし馬今ないし」
「ふっ、こんなこともあろうかと、馬はもう一頭連れてきてあったのだ。つまり、貴様は私と馬術で競う以外に道はない」
「あたしに拒否する権利はないわけ?」
まだやってるし。義朝ちゃんのかなり強引な物言いにザ・強引の権化の清が若干呆れていた。茜のブレザーが乾くのを待ちながら、俺は二人の会話に耳を傾ける。
「別に拒否してもいいぞ?ただし……」
言うが早いか。義朝ちゃんは腰から刀を抜き放ち、俺に突き立てた。
「貴様の家人の首が一つ、あるいは二つ。ここらに転がるがな」
「本気?そんなことしたら平氏と源氏でまた合戦よ?」
「さぁ、どうかな。嫌われ者の貴様の家人もまた嫌われ者。話を聞く限りでは召し上げてまだ一日も経っていない。貴様の御父上が家人と認められているとも思えぬがな」
的を射ている物言いだな。特に忠正とかは俺たちを清同様に毛嫌いしているみたいだし、忠盛公がどんな行動を起こすのかもわからない。手っ取り早く俺らを人質に取るのは悪くない考え方だ。
「ひ、」
でも、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!いや、何刀向けてんの。危ないでしょうが!柄にもなく悲鳴あげちゃうって!
「……別に殺されてもいいけどさ。早い話、殺されても痛くも痒くも……」
「ちょっと、ちょっと!俺は殺されたらたまったものじゃないんですけど!」
「別にあんたが嫌いってわけじゃないのよ?その、なに?こうやってそっけない態度を取られたほうが喜ぶ変人なのかなぁ、とか思ってみたり……」
それで喜ぶやつを現代日本じゃ変態とか言うんだよ。俺がそんな風に思われていたとかすっげー心外なんですけど。ちょっと俺傷ついちゃうな−。
「あーもう。わかったわよ。さっさとその馬のとこ案内しなさいよ。ちゃっちゃと終わらせてやるから」
「ふん、言っていろ。貴様を今日こそ負かしてやる」
そしてブレザーを乾かしている茜を放って、俺たちは義朝ちゃんの馬の繋いである場所へと歩いていった。ちなみに義朝ちゃんは馬に乗っている。
馬は小さな木に繋いであり、時折足元の雑草を噛んでいた。見た目としては義朝ちゃんが乗ってる馬とあんまり大差はない。可能な限り勝負はフェアにしたい、ということだろう。馬具と取り付けられていた。
「さぁ、この馬に乗って私と勝負しろ!あそこに見える木に先に到着した方の勝利だ!」
義朝ちゃんが指差す方向には一本の木立があった。距離もそれなりにある。ざっと一キロくらいかな?馬の足ならすぐだから、レースコースとしては的確だと思う。
「はいはい。そんじゃ、夕霧。あんた合図だしなさいよ」
馬にまたがり、清は俺に命令する。俺は言われたとおり、二人の馬を揃え、互いの用意が整ったところで
「よーいどんの合図で走り始めてね−。よーい、どん!」




