繰り返す価値はない。
「それがお前が親父さんを嫌う理由か?」
話が終わり、頭痛を覚えた俺はこめかみを抑えながら清を睨んだ。彼女が親父さんを嫌うのは親父さんが嘘をついたから、裏切られたから、ということなのか?でも、嘘をつくのは人間として別に間違ったことじゃないし、まして出生に関係していることならなおさらだ。
「父上は汚いわ。今、父上にはかつての強さはない。朝廷に取り入り、貢ぎ、下手なおべっかを使わなくてはいけない。あれが武士?あたしはそうは思わないわ。武士が朝廷に仕えるんじゃない、武士こそがこれからの政を司るべき存在なのよ。――あ、言っとくけど別にあんたの言葉に触発されたわけじゃないからね?これはあたしの直感だから」
先見の明はあるな。ただ、かなり性格がねじ曲がっている。平清盛という人物は日本では織田信長、坂本龍馬などに並んで革新的な人物だと言えた。そんな彼女が予感するんだ、俺は協力してやりたい。しかし、この性格のねじ曲がりようはどうしたものか。愛を知らず、慕われるということを知らないで育った人間に政治はできない。
それは歴史が証明している。秦の始皇帝、イヴァン雷帝、ナポレオン、彼らは優れた知性、才覚を持っていながら国を破滅に追い込んだ。それは人に対するいたわりがなかったからだ。始皇帝ははじめから持たず、イヴァン雷帝は奪われ、ナポレオンは自ら切り捨てた。彼らの中の大切なピースが壊れ、そして国を滅ぼしてしまった。
清にはそうなっては欲しくはない。決して、俺の知る清盛のような最後は迎えてほしくないのだ。
「清。お前の親父さんは今はお前の目から見ればただのおべっか使いかもしれないけど、いつか武士として大成する。その時、お前は親父さんを見直すはずだ。だから……」
「それはいつ?あたしはいつ親父殿を見直せばいいの?いつまであたしは侮辱するの?いつか、なんて言葉はただの可能性よ。可能性には価値はない。必要なのはいつ、どこで、確実に、の三つよ」
俺の言葉を清は一蹴する。彼女をここまで歪ませたのはきっと忠盛公の嘘だけじゃないだろう。その後も何かあったはずだ。それが積もり積もって……。悲劇だな。
「……わかった。じゃぁ、俺からはこれだけ言っとく。嘘の意味を考えてみろ、それだけだ」
これ以上の説得は無理と判断して俺は彼女にそれだけ言った。周囲の環境が物語るすべて。それが清を苦しめた。人はその空気に流れ、空気を信じてしまう。それだけはするな。
「なにそれ。あたしが思い違いをしてるってこと?」
「さぁな。だけど、そういう可能性もあるってことだよ」
不満そうに口を曲げる清に対してうそぶく。重たい空気が流れ初め、若干冷や汗が俺の首筋を流れた。
「あのさー、もう話終わった?」
そのときだった。茜が眠そうな声で話に割り込んできた。彼女は粥でベタベタになったブレザーを脱ぎ、白いブラウスとスカート姿になっていた。
「話が終わったんならあたしのブレザー洗いたいんだけど。ていうか、シャワーとかないの?昨日からシャワー浴びてないからすっごい臭いんだけど」
そう言われて自分の匂いを嗅いでみたが、たしかに臭かった。なんていうか、生肉のような匂いがした。
「ぶれぁざぁ?しゃわぁ?なにそれ?しゃわぁ、なんてものあるわけないでしょ。そんなに身体を洗いたかったら河にでも行って水浴びをすればいいじゃない。都の西側にあるから」
「じゃぁ、そこ連れて行ってくれませんかね。あたしまだこの街に来たばっかで道とかわかんないし」
このクソ女、とでも言いたそうな目で清は茜を睨む。茜はそれを無視してしきりに催促した。しばらく清は茜を睨んだが、ついに折れて大きなため息をついた。そして立ち上がるとちょいちょいと俺たちを手招いて店から出た。
長々と話していたせいか、もう太陽は空高く登っていて、人の往来も活気だっていた。都の大通り、朱雀通りを横切る形になったが、その時見たのは七色、十色と様々な服を着た貴族や、艶やかな牛車、転じてボロを着た坊主などなど。昨日見た都の外などとは比べるまでもない。
牛車の周りには警護の武士が守っていたり、さらには側仕えなどが共歩きしている。牛車が前を通ると近くを歩いていた平民などが跪き、頭を下げたりする。牛車に乗るのだからかなりの金持ちなのだろう。ただ、朱雀通りが広いというのもあってひざまずいているのはごく一部だ。まだ、大名行列に頭を下げる農民よりも可愛く見える。
そして都をほぼ横断して、到着したのがかの有名な桂川だ。いや、うん。多分桂川。かなり大きな河だし、平安京の西側にあるし、それなりにきれいだし。都の壁を超えて到着したその場所には釣りをする貴族風の男や、服を干している平民がいた。焚き火をしながら魚を食べていたりと、昨日見た羅城門の前と比べるとかなり平和だった。
「ほら、ここでぶらざぁー?を洗えばいいじゃん。水だって都で出回っていたりするのよりもずっと綺麗だと思うよ?」
おいおい、兄弟を洗うってどういうことですか?どこか官能的な情景を想像してしまいますなー。
「へーへー。つかほんと広いな。あ、あと清ちゃん」
「清ちゃん?」
「別によくない?清ちゃん。呼びやすいし。あのさ、焚き火でも起こしてくれない?洗った後に乾かさなきゃだし」
家人が主人を使う珍しい行動だなぁ、と思った。清としても茜にまた大太刀を振るわれても困るのだろう。素直に清は火打ち石を取り出して雑草を焼き始めた。
火がつくとそれに息を送れば炎はより一層燃え始めた。パチ、パチといういい音が鳴り、俺の目の前を赤々とした炎が踊りだした。
遠目にブレザーを洗っている茜を見ながら、俺が口を開こうとした時だ。一頭の馬が俺と清の目の前に降り立った。




