平と忠盛
それから八年が経った。雲蓮が産んだ赤子に忠盛は平と名付け、大事に育てた。そのさなか、忠盛に罪と殺人を説いた正盛は死んだ。それは平が3つの時のことだ。彼は最後まで平を自分の孫とは認めず、ただ院の子息として扱い、そして果てた。忠正は忠盛が引き取った平に対しては嫌悪の情をいだき続けた。いずれ院を、國を滅ぼす厄の種を生かす自分の兄のことが理解できなかった。
いくら、忠盛がその死に立ち会い、赤子を受け取ったからといって律儀に守る理由などはない。むしろ、さっさと殺してしまえばよかったのだ、とさえ思っていた。彼とて人である以上、長く時間を過ごせば愛情が生まれることは知っている。その愛情が殺意を妨げ、判断を鈍らせるということも知っている。それが彼にとって厄を抱えると同じくらいの悩みのタネだった。
平が7つの頃、忠盛は平、忠正、彼の一の家人である家定、拾ったばかりの鱸丸を連れ立って瀬戸内の海を見に行った時があった。その時、ちょうど私的な貿易船が港に入ろうとしていた。今も昔もそういった貿易船は海賊の格好の的となるもの。その船を数席の海賊船が囲み、大陸から運んできた珍品を盗もうとしているのが彼らの目に入った。
すぐに忠盛は面白く思って、近くの漁師に船を漕がせその貿易船に跳び乗った。武士の棟梁である以上、忠盛は武芸に通じている。また、盗賊を征討することが多いため多対一を想定した戦い方も熟知していた。
彼は腰の太刀をあえて抜かず、船に転がっていた銛を掴むと、まず彼から見て一番遠い海賊の男に向かって銛を投げつけた。銛は飛び、見事男の腹部を貫通した。男は崩れ落ち、その海の中へと消えた。
一連の流れを見た海賊たちは忠盛がただの乱入者ではない、と考え手に持った粗雑な短刀や銛、槍などを持って一斉に忠盛に襲いかかった。しかし、それこそが忠盛の狙いだった。狭い船上でいきなり一処に人が集まろうとすれば、とうぜん船体の重量は一方向へと片寄ってしまう。結果として船は傾き、彼らの足元は大いにぐらついた。
忠盛はと言えばぴっしりと横につけられた海賊船へと跳び移り、跳び移った先の海賊の一人の胸ぐらを掴み、別の海賊へと投げ飛ばした。そして彼らが重なったところをさらに跳び蹴りでの追い打ちをかけた。頭をあげた海賊の顔面を蹴り上げ、さらに首を肘打ちで打撃した。そしてようやく船が安定し忠盛を殺そうと他の海賊たちが自分たちの船に戻った時、すでに忠盛は次のアクションを起こしていた。
船にだらしなく垂れていた縄。それをいきおいよくしならせ、海賊たちの足元で踊らせたのだ。縄は海賊たちの何人かの足を引っ掛け、そして転倒させた。
忠盛は海賊たちが慌てるのを他所に船の帆に跳び乗り、そこから元の貿易船へと戻った。
その中から忠盛は輸入されたのであろう一振りの剣を見つけると、ブンと振り回した。剣はそれなりの重さを持ち、そして太刀ほど長いわけではなかったので船上で振り回すにはもってこいだった。
そこからの忠盛はまさに武士を絵に書いたような立ち振舞だった。可能な限り海賊たちが一変に襲いかかってこないように船の上を貿易船、海賊船を問わず踊り回り、スキあらば手にした剣で切っていく、といった感じの戦い方を忠盛はしていた。
疲れれば帆の上に跳び乗り、海賊たちが登ってくるのを一人、一人上から目をつついて落としていく。海賊たちが帆を切ろうとすれば、すぐに別の船に跳び移り、その船から銛を投げつけ挑発する。集団で襲うことには慣れていても、戦法などはまるで考えていない海賊だ。加えておつむもよろしくない。忠盛に挑発されて、血が頭に登り、冷静な判断ができなくなっていた。
「死ね」とか「ぶっ殺せ」などと威勢のいいことは口にするが、そんな口に銛が突っ込んできたり、蹴られて落とされたり、船のかいで船に上がろうとしたところを潰されたりと本当に散々な目にあっていた。
やがて疲れ果て、海賊たちが甲板に崩れ落ちた頃、忠盛もまた吐き気でも催したのか、海に向かって白い流動物をゲロゲロと吐き出した。
この一連の戦いが平に自分の父親のような強い武士になりたい、という憧れを抱かせ、父親が戦利品として持ってきた中国の宝剣を目を輝かせて眺めた。
忠正もこれならば平が予言の子供ではない、と思い始めた。
しかし、この世界の運命を操る存在は人間に対して甘くはなかった。
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