決断
「法皇様、源為義でございます。仰せのとおり、罪人をひっ捕らえてまいりました」
若干ぎこちない動作で為義は頭を下げて、座敷に座る白河法皇にひれ伏した。法皇はその様子にさほど興味はないようで、目の前に縛られた雲蓮を睨んだ。対する雲蓮の腕の中には白布で包んだ赤子がおり、何が起きているのかわからない、と仕切にキョロキョロしていた。
「為義、大義であった。それで、そこに控える若武者は誰ぞ?うぬの家人というわけではないのだろう?」
「は。こちらに控えるは平家が嫡男。平忠盛でございまする」
頭を下げながら為義は忠盛へと視線を向けた。忠盛はすみでひれ伏し、しきりに地面を、いやこの國を睨んでいた。その形相を見た為義はすぐに視線をもとに戻して法皇の次の言葉を待った。
「ふむ……。なぜ平家の嫡男がわしの前にひれ伏す?またこの場におる。わしはうぬをこの場に呼んだ覚えはないが?」
「は、それは……」
「為義。いつ貴様に発言を許した。わしはそこの若武者に問うておるのじゃ。――若武者よ。わしの問いに答えよ。面を上げい」
叱咤されてより深く顔を沈める為義とは対照的に忠盛はまっすぐ、瞳に力を宿らせその顔を上げた。その顔は何かを決心した顔であり、白河法皇が少しだけ目を細めるくらいの気迫はあった。
「私めはこの女を厩に匿いました。その責任をと思いまして」
「つまり、この場で弓で射殺されても文句はない、と?」
「は。しかし、匿ったのは私一人のしでかしたこと。どうか、私が死した後も平家を安堵していただけると……うれしいです」
「うぬの命はうぬ一人のもの。それで平家の人間全員を救え、というのは無理な話よ。ゆえにその話は飲めん」
その言葉に忠盛の表情がこわばった。彼の眉が大きく釣り上がり、拳を強く握った。その表情の硬さから、法皇は生まれて初めて、人の強さというものを感じた。目の前の若武者は法皇である自分を前にして畏れを抱いていない。それどころか、どうにかしてこの場を切り抜けるかを考えていた。
「面白い……」
ポツリと法皇は呟いた。これまで世の中をつまらなそうに意のままに操っていた白河法皇の瞳に生気が宿った。まるで若かりし頃の覇気が戻ったように法皇の顔つきは変わっていた。
「ひとつ、うぬに選ばせてやろう。よぅく考えるが良い。――女と赤子。どちらかを選べ。さすれば、選んだ方は助けよう」
途端に忠盛は、為義は、雲蓮は、その場の武士たちは戸惑いの色を見せた。特に忠盛などは瞳が泳ぎ、必死に法皇の言葉の意味を理解しようとしていた。
「えらべぬならばどちらも死ぬ。だが、選べば。どちらかは助かる。人の命一つを犠牲に一人が助かる。ならば、その決断はどのような結果になるか、うぬには即座に理解できるであろう」
法皇は下卑た笑みを浮かべて忠盛に迫る。もし、忠盛が雲蓮を選べば雲蓮は赤子を殺された恨みで忠盛を襲うだろう。逆に赤子を取れば忠盛はその赤子に対して一生負い目を負う。裏を返せばその赤子は甘やかされて育つ。院に楯突こうなどという恐れ多い考えなど抱くはずがない。
忠盛はこの時、すでに決めていた。雲蓮と赤子。そのどちらを切り捨てるべきなのかを。それが正しい判断なのかは彼にはわからなかった。そもそもわかりたくもなかった。わかってしまえば、どちらが正しい判断なのかをわかってしまえば、彼にはそれ以外の手段を取る以外の選択肢はない。
「私は……あ……赤子を……赤子を選ばせて頂きます」
「そうか。為義よ。女から赤子を取り上げ、忠盛に与えよ」
法皇は忠盛の返答に満足も、立腹もなく、為義に雲蓮の手の中の赤子を取り上げるように命令した。為義としては別に忠盛がどちらを選ぼうと知ったことではなかったので、すぐさま雲蓮の手の中の赤子を取り上げようとした。
しかし、
「触るな」
雲蓮は取り上げようとした為義の手をはたいた。為義は面食らったようにして少しおどけてみせたが、すぐに気を取り直して実力行使に移ろうとした。
「そのくらい、一人でもできるわ」
為義の手をつっぱね、武士に囲まれたまま雲蓮はゆっくりと歩を進め、忠盛に赤子を手渡した。
忠盛はその雲蓮に対してかしこまり、まるで主君に接するかのような仕草で雲蓮の手から赤子を受け取った。その赤子はまだ生まれて間もないというのにもう開眼していて、うっすらと金色の髪がつむじから伸びていた。
「ひとつ、お聞かせください」
これまでにないしんみりとした調子で雲蓮は忠盛の目を見た。彼女は膝をつき、これまでにない綺麗な笑顔で忠盛に話しかけた。
「あなたの名前は?」
「平……忠盛……」
か細く消え入るような声で忠盛はそう言った。それに満足して雲蓮は、
「私は雲蓮、ともうします。雲上の蓮という意味だとか。……私の子をお願いします」
その頼みにイエスともノーとも忠盛が言う間もなく、雲蓮は立ち上がり、そして隠し持っていた短刀を抜いた。その瞬間、
彼女の身体を四方八方から飛んできた矢が貫いた。
彼女は目を開いたまま崩れ落ち、その直後にこれまで黙っていた赤子が唐突に泣き声をあげ始めた。忠盛は赤子を必死であやそうとするが止まらない。いつまでたっても赤子は泣きやまない。
法皇は消え、為義ら武士が退散して、平家の屋敷に戻っても赤子の泣き声はやむことはなかった。
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