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源平活況物語  作者: 賀田 希道
かつて天を目指したものたち
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雲蓮討伐

 その日より、右大臣を筆頭とした雲蓮を院より排除しようと画策する一派の暗躍が始まった。手始めの嫌がらせから本格的な強硬手段。彼女の歩く廊下に糞をまかせたり、彼女のいる部屋に向かって矢を射させたりと彼女に対して考えうる限りの不吉な出来事を起こさせた。次第に彼女はどこか身体が細くなっていき、院内でも姿を見ることがまれになった。


 しかし、それでも彼女は絶えず法皇にお呼ばれした時には法皇のもとへと出向いた。そしてそんなことが三週間続き、ある日のことだ。

 雲蓮が産気ずいた、という話がにわかに院内に流れた。当然右大臣は眉をひそめたし、その近臣たちなどは骨でもしゃぶりたい、とばかりに慌てふためいた。


 が、そこで先に右大臣に叱咤された大納言があるひらめきを右大臣に囁いた。それは悪魔の囁きと言ってもいいいくらいに残忍、かつこの時代の人間ならば逃れられないカルマとでも呼ぶべき囁きだった。

 それすなわち陰陽師。

 現代日本で言うならば占い師、ペテン師、あるいは詐欺師。呼び方などはいくらでもあるだろうが、そういった良くも悪くもあまり快く思われていない存在だ。


 「陰陽師にこう占わせるのです。『雲蓮には怨霊が取り付いている』と。さすればいかに法皇の御寵愛を集めるあの女子(おなご)とて誅されるが運命(さだめ)。共に腹の子供も死なば我らの望みは達せられるでしょう」


 「しかし……それは麻呂たちを百夜の永久へと誘うのではないでおじゃるか?あの女子を院より消し去らんと欲するが、腹のわらべは法皇様の御血を継がれる方。たとえ、悪しき女の血が混ざりおっても、それは変わらぬ。誅するならば女子のみを誅するべきでおじゃる」


 「されど、これを逃してあの女子を討つ機会はございませぬ。今成さずしていつことを成さんと欲するおつもりか。これは天上のかつての君の方々が我らに王家を汚す不届き者を誅せ、と命じておいでにちがいございませぬ!」


 これを力説されては右大臣は断ることなどできなかった。確かにこれはまたとない機会だ。生まれてくる子供を畏れ、雲蓮を畏れた右大臣にとって、陰陽師を用いて雲蓮を誅すというのは絶好の機会。まさに天が与えてくださった恩恵とすら言えた。


 (しかし、これでよいのおじゃろうか。生まれいづる赤子は無垢そのもの。まだ外の世の汚れも、春の山の美しさも、夏の夜も、秋の夕暮れも、冬の昼も知らぬ。まして己が殺される運命など知りようハズもない。されど、我らは悪鬼に魂を捧げてまでまだ力も、瞳も、口も、耳も、鼻もない赤子を殺すのか。いや、これも世が世ならば……)


 その右大臣、名前は主に呼ばれず、(ひいらぎの)右大臣(うだいじん)と呼ばれることが多い。風土を好み、院近臣として法皇に仕えてからは院の庭造りなどに尽力した男であった。もし、彼が現代日本に生まれたのならば、芸術の分野において並ぶものなし、と評されていたであろう。


 赤子が生まれるまさにその直前、右大臣は大納言の進言を取り入れ、一人の陰陽師を法皇のもとへと使いだした。また都合のよいことにその時、法皇は気分がすぐれぬ、と寝込んでいた。陰陽師はでたらめな(うらない)、祈祷を行い、


 「うぬは何者よ!」

 と近くの側女を叱咤した。するとその側女の眼球が膨れ上がり、口元は蛇を彷彿させるが如く、引き裂かれた。そしておよそ想像できる限りの、覚えられる限りの呪詛を法皇の前で惜しげもなく浴びせた。身体の関節はおかしな方向へと曲がり、木の床の上を泳ぎだす。


 「おぬしは鬼ぞ!誰の使いにより法皇様へと近づいたぁ!」

 「……わああっれえは、黄金のっっぉぉぉx君のつっかぁぁいなあああっぁあああっっっりいいいい。この治世の終わりを告げにぃぃいいいいい、呪え、呪え呪え呪え呪え呪え呪え呪え呪え呪え呪え呪え……n」


 騒ぎを聞きつけ飛び込んできた北面の武士は今にも襲いかかろうとする側女へと刀で一振りした。側女の背中から真っ赤な血が吹き出し、院の御簾や、柱、床へと飛び散った。陰陽師もひぇぇぇぇ、と情けない声を上げ腰を抜かし、側女から距離を取ろうとした。


 「怨霊はきぇぇんうううううう。黄金の君が望みィィx.君の願いかなえられっっっるときぃ、この國は君のものぞぉぉ!出雲の神々は消え、新たなる神が降臨なさるぅ……」

 直後、武士の太刀が女の首を切り落とした。首は庭へと飛び、白石の庭に赤いシミを作った。


 これを見た白河法皇が何を思ったか、それは言うまでもない。黄金と言われて彼に想像できるのは一つしかなかった。

 「そこの武士よ、すぐに源為義とその郎党を呼べ、北面の武士もだ。雲蓮を……雲蓮を……殺せ!腹の赤子もよ。すべて殺せ。生まれれば、その赤子は必ず殺せ。わしのわしの世を守るのじゃぁ!!!」


 御簾を落とし、法皇は武士の襟首を掴んで、瞳孔を大きく開いた形相で命令する。裸足の足には血が絡みつき、服も裾が血で濡れていた。しかしそんなものは構うものか、と法皇は自分の治世を守るために武士へと至上の命令を下した。


 そしてその武士が次に現れた時、彼は法皇にこう報告した。

 「雲蓮はすでに院内におらず。院の外へと隠れた模様」と。しかし、それで納得する法皇ではなかった。

 「追え。追え。追え。たとえあやつが熊襲(くまそ)に、蝦夷(えみし)に、蝦夷(えぞ)に、蓬莱に逃げたとしても見つけ出し、首を狩れ。わしの世を守れ!いや、それでは生ぬるい。今より産気づいた赤子、おなごすべてを殺せ。雲蓮が死ぬまで殺しつくせ!」


 院内、そして源家から発せられた武士共は都の中へとどっと押し入り、たとえ、下民、貴族、あるいは院近臣であろうと、白河法皇は命じて殺させた。それはまさに魔王の所業だった。

 「殺せ、殺せ」と白河法皇は常に口ずさんだ。


 その時、雲蓮はある運命的な出会いをしていた。

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