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源平活況物語  作者: 賀田 希道
かつて天を目指したものたち
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雲蓮と白河法皇

 「つ、この糞ガキがぁ!俺の美形面に何すんじゃぁ!」

 吐きかけられた男は俺の胸ぐらを掴んで激高する。しかし、俺の校内から漏れた口臭を嗅ぐなり、すぐにその手を離してちょっとだけ後ずさりながらも文句を口にする。でもいくら文句を言っても俺には届かないのだ。だって今すっごく気持ち悪くて耳が機能してないんだもん。


 「あーごめんねー。うちの家人がほんっと失礼、失礼。ほら、これあげるから許してください!」

 男がついに俺に殴りかろうとしたその時、清は割って入ってきて男に手打ちのつもりか金を渡した。その対応の仕方はこれまでの俺に対して感情をただ爆発させていた彼女とは少し違った。それくらいの思慮分別はあるということか。案外、世渡りはうまいのかもしれない。


 男もさすがに少女から金をもらっては、自分がすたるとでも思ったのかちょっとだけ口を曲げてその場から立ち去った。周りの男たちも喧嘩はねーとよ、と言ってぞろぞろと自分たちの席へと戻っていった。

 「さて、想定外の出来事があったけど、話を元に戻そうじゃない」

 自分の席に戻って、清は俺を睨みながらそう言った。


 とはいえ、俺はもう話すべきことは話した。彼女もある程度は納得してくれている。であるならば、今俺に話さなければいけないのは清の方だ。どうして忠盛公と仲が悪いのか、というのを俺に説明すると彼女は言った。その理由を彼女は話さなくてはいけない。

 「清、俺は話すべきことは話した。だから、今度は俺にお前のことを教えてくれ」


 「あたしの身体の成長具合でも言えって?」

 真面目そのもので話す俺に対して彼女はしらばっくれてみせる。しかし、顔は全く笑っていなかった。察するにこれから重い話をするから場を和ませようとした、といったところか。笑う人間なんて茜くらいだろうけど。


 「なんで親父さんと仲が悪いのか、というやつだ。俺が正体とかを教えたら教えてくれるとか言ってなかったっけ?」

 「あー、そうだったわね。忘れてた、忘れてた。……ちょっと睨まないでよ。あたしが悪者みたいに見えるじゃない」


 清は笑って誤魔化そうとするが、しばらくして真面目な顔つきへと変わり、たどたどしくはあるが、自分のことを話し始めた。正直、公衆の面前でこんなことを離していいのか、と思いもしたが彼女の口ぶりに何も迷いがないところを見るに、少なくとも秘め事のような話ではないのだろう。



 まず、あたしの父親は平忠盛じゃない。それは叔父上の言葉からも察せられると思うけど。さらに言ってしまえばあたしは平氏の血すら流れてはいない。好みに流れているのはこの時代を作り上げた妖怪の血、かの有名な浮世を生けるもののけ、白河の法皇様の血よ。



 今より、約十八年前、白河法皇がいつになく山法師の強訴に頭を痛めていたときのことだ。院内で憂さ晴らしに開いた宴にて、一人の女性が法皇の目に入った。

 その女性はこの世のものとは思えぬ白い肌、うっすらとしたおぼろげな瞳、さらには金色の長髪の白拍子で、その場にいたすべての院近臣(いんのきんしん)の瞳を奪った。


 「あのおなごは何という名よ」

 しわがれた、しかしまだ力のこもった声で法皇はその時近くにいた側近の貴族へと聞いた。その貴族、藤原長実(ながざね)は向き直り、その白拍子の名を口にした。

 「かの白拍子は、雲蓮、と名乗っておるそうでございます」


 「ふむ、雲蓮、か。雲上の蓮、とは天国浄土を口にするかのような名よの」

 その時の白河法皇の声を聞いた長実は後にこう自分の娘に言った。あのときの法皇の御言葉は礼を失する物言いになるが、まことに恐ろしきものであった、と。我が身が天狼を招いてしまった、と心底自分の言動を恥じたらしい。


 「宴の終わりにあの白拍子をわしの部屋に呼べ。長実、任せたぞ?」

 長実はただ深々と頭を下げるしかなかった。彼は宴の終わりごろに雲蓮を訪ね、法皇の寝屋へと連れて行った。そして彼女を毒の泉へと突き落としたのだ。


 後悔はあっただろうか、もちろんあった。しかし、法皇の命令に逆らうというオプションは長実の頭のなかにはなかった。

 浮世に生けるもののけとまで揶揄される法皇はその夜以来、雲蓮を度々自分の音やへと招き、酌をさせまぐわった。


 「まさしく楊貴妃の如き毒よ」

 その執着ぶりを見た院近臣の一人は人目もはばからずそう呟いた。はばからずと言っても無論法皇の前では言うわけがない。院近臣同士の集まりでぽつりとつぶやくだけだ。それを聞いた別の院近臣が今度は、

 「毒を口に入れて死なぬ(きみ)はない。はて、では法皇様は君ではないのか」


 と恐れ多いことを口にした。その場の空気は白け、そして凍りついた。白河法皇の治世において彼を批判するものなどはいなかった。少なくとも腹の中ではけなしても表立って口にする阿呆は存在しなかった。

 「これ、大納言。それは()ってはならぬでおじゃる。いかにあの毒を法皇がお飲みあそばされたとて、それで死なぬゆえにあの御方は君であらせられるのでおじゃる」


 それを聞いていた当代の右大臣がいさめた。藤原の出ではあったが、あまり格の高くない南家の出の男だ。院近臣として白河法皇に媚びを売ることでかろうじて首がつながっているちっぽけな男だ。

 「君の逆鱗に触れてみよ、我らは一族郎党根絶やしにされるでおじゃる……!」

 その男が怯えながら大納言を叱咤した。周りの貴族たちもところ気まずそうに押し黙った。


 「されど、法皇様のあの女子への御執心はかぐや姫への時の帝の御執心ぶりと同じか、上か。とても止めようの無きものでござりまする」

 「さよう。この頃山法師の強訴は後を絶たず、北面の武士共でも抑えが効かぬと噂されている。平正盛などの武士を用しても寺社共はいきり立つばかりよ」


 「これは法皇様の御代の荒れる兆しでは?」

 しかし、すぐに間欠泉はまたガスを出す。一端止まったと思えばまた別のはけ口を見つけてくるのだ。右大臣もこれにはどうすることもできない。


 「ううむ。ここは……あの毒をこの院より消し去るほかに道はないのかもしれないでおじゃるな」

 ついに右大臣は重い腰を上げ、御簾の外の儚くも舞っている落ち葉を目で追った。

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