説教
一瞬にしてその場の空気がこれまでにないくらいに凍った。それくらいに今俺が茜にした行動は信じられないものだった。自分でもなんでこんなことしたのかなー、と不思議に思うくらいだ。
粥をぶっかけられた当の本人はしばらく放心していた。そして改めて自分の顔に掛けられた白い液体へと手が伸び、何が掛けられたのかを確認した。
そして俺が気づく間もなく、次の瞬間けたたましい金属音が店の中に木霊した。見れば俺の首筋に茜の大太刀が添えられていた。そしてその大太刀を清の剣が間一髪のところで受け止めていた。清がいつ俺の正面に移動したのかは知らないけれど、後ろ姿から察するに茜の大太刀を受けと得てかなり苦しい表情をしているだろう。
かく言う茜は俺を睨んだまま、大太刀を動かそうと拳に血管を浮き上がらせる。
「なぁ、茜。殺す前に俺の話を聞いてくんない?」
「はぁ?あんた状況わかってる?なんであたしがあんたのどーでもいい遺言を聞かなきゃいけないわけ?あたしが今ちょっと力入れればあんたも清もそろって首よ、首。すぐに首にしてやる」
その言葉には冗談性の欠片もない。心なしか視線がこれまでにないくらいに冷たかった。俺の背中はぐっしょりと濡れ、靴下は靴と離れないくらいに張り付いていた。
「まずは、だな。お前その短気グセを直せ」
「なにそれ、説教?あんた頭イカれてんじゃない?一度シュレッダーにでも入ってくれば?」
それじゃぁ、俺の頭がシュレッダーに掛けられて、紙吹雪になっちゃうだろ、とげんなりしながら俺は続ける。なんだろうな、こうやって暴力優先青年将校みたいな茜の相手をしていると犬養毅の心境がよくわかってしまう。あの人も話せばわかる、と言ってんのに問答無用、とばかりに殺されたからな。それでいて、「あの若造共を連れ戻してこい、私が政治というものを教えてやる」とか言うんだから本当にすごい人だったんだろうな、犬養毅は。そういう人に私は、多分なりたい。
「あのさ。ここは日本だけど俺たちの知ってる日本じゃないの。薩摩じゃないの、武蔵じゃないの。ついでを言えば鹿児島でも東京でもないの。路上のおっさん捕まえて金よこせとか脅したら、今度はこっちが金をむしられる世の中なの。身分制度バリバリ器用されてる世の中なの!そこでお前の短グセははっきり言えば枷でしかないの、枷でしか。
大体さ、すぐに人殺すとするとかあれか?ツンデレか、お前は俺のことが好きなの?粥をぶっかけられるとかこれから日常的にあると思え。その都度殺してたらキリがないでしょうが。そりゃぁ、怒りますよ、俺でも怒りますよ。でも、それとは別に自制も覚えなさいよ。例えば、お前がどこぞのボンクラ貴族に罵倒されてカッとなって殺したとするよ?そしたら國はお前を無礼討ちにするわけ。それは困るでしょうが。だから、Learn patient。自制を覚えなさい」
区切らずこんなに話すとか久しぶりだ。そしてこんなただの言葉の羅列が意味のないことははじめからわかっていた。
「だから?あんたは貴族でもキングでもないでしょうが……!おとなしく死ねよ」
「ちょ、夕霧!あんたさっさと謝んないさよ。そろそろ吹っ飛ぶって」
怒る茜、狼狽する清。清はまさに粉骨砕身とばかりに瀬戸際で茜の大太刀から俺を守っていた。
「茜さん、茜さん。俺を斬るとか言いますがね、その後どうするわけ?お前は平家には戻れない。野盗になるしかないだろうな。でも、俺を生かせばいい生活ができる、焼肉でも焼き鳥でも焼豚でも名古屋コーチンでも松阪牛でも鯛の開きでもなんでも食えるぞ。こんなまっずいスライムを半分溶かしたような粥をすする必要はないんだ」
名古屋コーチンとか松阪牛とか鯛の開きとかはこの時代には存在していない。そもそも牛とか豚がこの時代の日本には存在しているかどうかもわからない。でも、ここは騙してでも食べ物の誘惑で茜をたらしこむしかない。腹が減っている、と言ったから彼女はささっと俺の相手を終わらしたいはずだ。頼みます、どうか飯の話題で解決させて!
「名古屋コーチン?松阪牛?そんなものあんたが用意できるの?どうやって?」
「……俺が俺の頭をフル回転させて新しい世の中を作る。そうすれば……」
「ふーん。そういや、あんたはこの先の未来がわかるんだったっけ。だったら乗ってみるのも有り、なのかもね」
あれ?これはひょっとして交渉成立?
食欲の力恐るべし。この世で一番素晴らしい誘惑は飯と金と女とはよく言ったものだなぁ。
「ま、それはそうと……」
「へ?」
「あたしはあんたのこと許さないけどね!」
茜は大太刀から手を離し、俺のみぞおちに一発食らわした。激痛は一瞬、じわじわと嫌味な痛みがくることもなかった。しかし、胃が驚いて中の胃液が逆流、ついでに吐くくらいまずい粥が葉のフチまで逆流してきた。
そして止めておくことはできず、近くの男の顔に俺は酸っぱい匂いのする白いゲロを思いっきり吐きつけた。




