茜起床
人なんて、と思われるだろうが人っていうのは見た目弱そうだけど、根の部分では強いと俺は思う。現に装束や話し方一つで人に影響を与えられる。例えば、しんみり、ひっそり暗い空間に急に金色の衣装を着た派手なレースの金縁サングラス男が登場とかしたらその場の空気なんて一気に吹っ飛ぶだろう。演出にこだわっていればさらに変わる。
「あんたの語る未来、その未来で院政が終わるなら、あたしの成金親父が政権を取るの?それとも落ち目の源?あるいはどっちつかずの摂関家?どこが政権の主導権を取っても何も変わらないって。結局、この世はままならぬもの。あそびをせんとや、なんぞ生まれけむ、よ」
「梁塵秘抄。今様か」
なにそれ、とばかりに清は首をかしげる。まだ、後白河天皇がいないから梁塵秘抄は作られていないっけな、そういえば。あそびをせんとや、生まれけむ。戯れせんとや生まれけん、遊ぶ子供の声聞けば、我が身さえこそ動がるれ。梁塵秘抄の中でも有名な一節だ。子供は遊ぶときは刻が経つのも忘れて夢中で遊ぶ、私も夢中で遊びたいものだ、という意味の一節。
「なんでここで俺にその一文を?」
「今の世は難しい。難しく、つまらない。あたしはそんな世の中は吐き捨てるくらいに嫌い。大嫌い。いっそ、壊してしまいたいくらい。親父殿も、叔父上も、みんなみんな。まるで従僕。いっそ、すべてを忘れるくらいに振る舞ったほうが人生はちょうどいいのよ」
俺はどう反応していいのかわからなかった。何かに夢中になることなんて俺にはできなかった。強いて言うなら俺はいろんな歴史を知るのが好きだったかな。でも、それに夢中なったかと言えば答えはノーだ。ただ、俺は暇つぶしがてらに歴史の教科書とかを見ていたに過ぎない。趣味でもないし、まして生きがいですらない。
とても清の倫理観は理解できなかった。
「面白くなければ人生には価値はないか?」
「価値がないんじゃない。嫌いなの。何かに縛られ、ままならぬものが嫌い。あたしは縛られるのが嫌い。自由こそが、最も面白きことに繋がるのよ。でなけりゃ、生きてるなんていわない。ただの生き地獄よ」
彼女の言葉は俺の、現代日本に生きてきた俺の心にグサリと突き刺さった。今の日本が果たして自由だろうか。少なくとも真の意味では自由ではないと思う。
しかし、清の語る自由でいい、とは俺は思わない。彼女の語る自由というのは何者にも縛られない自由。神や仏すらからも自由になることだ。
「清の語っている自由っていうのはただの混沌だ。人が人であることを辞め、生まれながらの豚畜生になるだけさ。みんながみんな自由に生きれば、自ずとそうなる。それが清の語る面白い世の中さ」
「違う!それはあたしの考える面白い世の中じゃない!あたしは、人が人として生き、人生を謳歌させ、国が富み、人が笑い、外との交易により栄える世の中のことを言ってんの!」
その時の彼女にはどこか晴れ晴れとした気風さえあった。自分の壮大な夢を誰かに話す時に得意気になる子供の顔だ。子供語る夢は多かれ少なかれ壮大なものだ。それはこの平安時代でも現代日本でも変わらない、ということか。
「だから……!へ…・?」
俺が少し彼女の晴れ晴れとした顔に見とれてる直後、彼女の顔面にむかってきわどいエルボーが飛んだ。清はそのノーモーションからのエルボーを間一髪で避け、反射的に腰の剣へと手が伸びた。しかしそれは俺がとなりのエルボー娘を取り押さえることでなんとか彼女が剣を抜くのを止めた。
「もぉー、うっさい!あたしは寝てるの!眠いの!だから寝させなさいよ!」
かなり不機嫌なご様子で、茜は俺と清を交互に睨んだ。その顔はとても怖い。自分の睡眠を邪魔されて怒り心頭、と言ったところか。
「ちょっと、茜!あんた、あたしの家人でしょ?そもそもあたしの前でぐーすか寝てたんだから、これ以上寝させるわけないでしょ!」
「はぁ?別にあたし家来してくれ、とか言った?ねぇ、あたし言いましたかぁ?ふざけんじゃないわよ、このトランプガール!あたしはあんたの家来じゃないの!」
寝起きということで茜の口調は機能と比べてかなり激しい。ここまでキャットファイトされたら非力な俺じゃどうしようもない。茜が大太刀を振るい、清が剣で反撃する。清がどれくらい強いかとかは知らないけど、少なくとも茜ほど強いとは思えない。こんなボロいあばら家、ものの数十秒でぶっ壊れてしまう。
「ちょっと表出ろや。このあたしの大太刀の餌食にしてやる」
「やってみろ、この腐れ娘。あんたなんてあたしの宝剣の餌食よ」
この騒動に周りの人たちもただ不味い汁をすすっているわけにはいかない。止めようと彼女たちの周りに集まり始めた。
「おい、嬢ちゃんたち喧嘩始めんなよ。ここは飯屋だぜ?」
そう優しい声音で諌めたのは声とは裏腹に強面のがさつそうな大男だ。かなりの巨漢で百八十を超えている。しかし、その大男が茜の肩をつかもうとした瞬間、男の身体が宙を舞い、あばら家の屋根を突き抜けた。周囲の男たちの視線は茜と男が空けた穴を交互に行き交う。そして満場一致で一歩下がった。
「邪魔したらあんたも斬るわよ、夕霧」
「ああ、それなら安心しろ。俺は手は出さないから」
すっかり冷めた茜のぶんの冷めた粥をすすりながらうそぶく。手は出さないだけさ。手はね。
「それはそうと、茜よ。お前腹とか減ってる?」
「なにそれ。一応は減ってるけど?でも、今はそれどころじゃないでしょ」
「まーいいからいいから。ちょい喧嘩待っとけよ」
俺は茜のお椀を拾って、不味い粥が入った瓶の前まで歩き、どぱっとお椀の中に粥を入れていく。そしてそのお椀を茜の前まで持っていくと、彼女の顔面に向かって思いっきりぶつけた。




