未来討論
場所を変えて俺たちは都の左京にある飯屋に入っていた。飯屋と言っても現代日本のような椅子があって机があって愛想よく店員さんが振る舞ってくれてメニューがいっぱいある、などと言うことはなく、イラクサを編んだすだれが出入り口に掛けられた掘っ立て小屋で、店の中も土の上にすだれを敷いたスペースがいくつかある程度。目に入るお椀も掛けてたりする。
清が彼女の持つ貨幣を三枚つまんで渡すと、店の店主はくすりとも、どうもとも言わずに無言のまま親指で店の端の瓶を指差して安そうな木製の茶碗を取り出した。自分でつげ、ということだ。
瓶の中には茶色のよくわからないドロっとしたものが入っていて、これまでに嗅いだことのない変な匂いがした。まるで両生類の身体に火でも放ったかのようなそんな匂いだ。
「え、なにこれ?」
思わず隣に立つ清に聞いた。すくってみたが、中には変に大きな米の塊が入っていたり、雑草を燻したものが入っていたりと食欲が失せるしかない。挙句の果てには衛生管理もちゃんとしていないようだし、綺麗な衛生管理がされたものしか食っていない現代日本人の俺からすれば腹が減っていても腹は鳴らなかった。
「粥。殻剥きしてない米を潰してそこに手頃な蜥蜴とか蛙とか雑草とか入れたやつ。味はそれなりだとあたしが保証するから」
清は軽い調子で言うが、どう見ても毒にしか見えなかった。自分たちの席に着いてすすってはみたが、目から涙が出るくらいに不味かった。もうなんと形容すればいいのか。塩昆布にジェラードをぶっかけして、さらに熟れたアボカドとバナナをミキサーで削ったものを溶かし込んだような、そんな味だ。
「ぐぅぇ。まっず。この時代の庶民ってこんなまっずいもん食ってたのかよ。よく腹に虫とかがわかなかったな。いや、ほんと不味すぎる。え?これ料理?」
「そんなに不味い、不味い言うなら食わなきゃいいじゃん。言っとくけどここよりも飯がうまい店なんていくらでもあるけど、高いわよそういうお店は。一杯一銭のこの粥がマシな部類なんじゃない?」
クソ、奢ってもらってはいるがこの不味さは。犬の餌としか思えない。でも、これを食べないと今日は朝飯なしだしな。
腹を悼んで一気に飲み込んだ。すぐに胃が反応して胃液ごと吐き戻そうとしたが、ギリで踏ん張った。
「それで?あんたらは何者?」
ひとすくいもせず、清は聞いてきた。彼女は別に粥を食うつもりはないらしい。人には食うように勧めておいて自分は飲まないとか……えー、ゲフンゲフン。そんなこと考えてる場合じゃなかったな。
「まず、これから俺が言うことは突拍子のない。それこそ空のお天道様が落ちてくるくらいに突拍子のないことだ。そこは理解してほしい」
「はいはい。理解した、理解した。で?」
一呼吸置いて俺は続ける。
「俺は、というか俺たちは未来から来た」
「ふーん。そいつは驚きね。それから?」
「ざっと八百年くらい先の未来だ。その未来では清、お前はとても有名な人間だ」
「悪党として?」
「いや?いい意味でも、悪い意味でも、だ」
そ、と清は興味なさげに鼻で笑う。彼女は未来という言葉に対して興味がないのかもしれない。あるいはただ未来人であると知らされても実感がもてないのかもしれない。
「それで、その自称未来人のお二人さんがあたしたちの時代に何の用?八百年先の未来なら誰でも自由に時間を超えられるの?」
「それは違うな。あくまでも俺と茜は特例さ。そもそも技術的に時間旅行なんてできない」
「ま、なんでもいいけどさ。それじゃぁあんたはこれから歴史がどう動くか知ってるわけ?」
一応はな、とだけ俺は応える。正直今のこの平安時代はわけがわからない。佐藤義清が検非違使で、十二時辰があって、貨幣制度が敷かれていて、清盛が女性。本来なれ貨幣制度などは経済体制が整って初めて実現するものなのにこの飯屋や平安京の外を見る限り、飢餓や貧困、疫病なんかは歴史で習った通りだ。本来なら噛み合わない要素を闇鍋よろしくごちゃまぜにしたかのようだ。
「この時代――俺たち未来の人間は平安時代と呼んでいるけれど――はもうすぐ終わる。院政を今敷いている鳥羽の上皇の次の代で、な」
「聞いていないんだけど、そんなこと」
不愉快そうに清は口を曲げた。
「未来を知っているっていうのはすごいことかもしれないけど、それって本来の未来は捻じ曲げるってことよね?つまり、あんたの主観で未来が変わってしまう、そういうことでしょ?例えば本来死ぬはずの人間をあんたが救ったら、その時点で歴史は変わっちゃうんじゃない?」
鋭いツッコミだ。確かに未来は全く別のものになってしまうかもしれない。しかし、それはあくまでも人の歴史なんじゃないだろうか?
ナカ=トガはそもそも歴史の改変を望んでいた。それはつまり定められた運命とやらに抗えばよりよい未来に導かれることなのではないか?
「未来は今このときは不確実なものなんだ。変わった、変わらないなんて論議、できないだろ」
「ちょっと逃げないでよ。あんたにはわかっているんだから確実な未来でしょ」
「でも、いくら俺が動いても清にはわからないだろ?変えるまでもない。それが本来の歴史なんだからな」
詭弁だと言うことは理解している。本来の歴史とか、運命とか、そんなものは後から来た誰かが言っただけの言葉だ。つまり、
「つまり歴史なんて人にとって重要じゃないんだ。簡単に、少し苦労して、相当苦労して変えて、そして変えられたのなら歴史や運命なんてものには必然的価値なんてものは存在しない。人の手で変えられる程度のものならそれは人以下のものだと言うことだ。傲慢かもしれないが、人はそれくらいのことが平気でできる生命なんだからな」




