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寮を出て皆と一緒に事務局まで赴いた。
ケニーから教材を受け取ると、当たり前のように皆が持ってくれる。
「説明はしていただけましたか?」
直哉はケニーに頷いて応えた。
「はい。しばらくは僕たちと一緒の授業を受けて、様子をみることにするそうです」
「そうですね。まだ何も解からない状態ですから、その方がいいでしょう。カスミさん、何か解からないことや必要なものがあれば私に言って下さい」
「はい。ありがとうございます」
花純が笑顔で礼を告げると、背後に控える男の子たちを見てケニーが笑顔を浮かべた。
「もう私は必要ないかもしれませんね。こんなに貴女には騎士がいるのですから」
守ってくれるという意味で、ケニーは彼らのことを『騎士』とわざと言ったようだ。
「ええ、凄く頼もしいんですよ」
花純がそう言葉にすると、皆が照れたように頭を掻いた。
ケニーと別れ、ロッカーへと向かう。
「花純、鍵は持ってきた?」
「うん」
「今日いるのだけ持って、移動しようか」
カイトが素早く分けて、花純のロッカーの中に入れる。
「ありがとう」
「ん」
相変わらずの素っ気ない返事だが、もう慣れた花純はくすりと笑んだだけで終わった。
教室に入ると、窓際の後ろの席に座った。席は自由に座れることになっている。窓の方に直哉、花純を挟んでカイトが座る。その前にゴードン、オレグ、クリースが座った。
授業も自由参加だ。出席を取ることもしない。年間の授業料さえ払えば、どの授業にも参加は自由なのだ。
参加する授業を自分で選べるのは、面白いと花純も思った。参加してみて気に入らなければ一回限りでもいいし、継続も可能だ。あまりにも自由な校風に、反対に驚く。
花純を見たこともない生徒たちは、皆こちらを見ている。
ちょっと女の子の視線などは怖いほどだ。
その内にチャイムが鳴り、先生が教室の中に入ってきた。
先生が教壇に立つと花純に気付いて、笑顔で声を発した。
「ああ、きていたんだね。カスミ・ノノミヤ、立って」
「はい」
緊張しながらも先生の声に従う。
「彼女は編入生だ。皆仲良くするように。座っていいよ」
花純が座ると、授業が始まった。
午前中の授業を終えて、花純は息を吐いた。
授業は解からない教科もあった。これは教科書を見て、自習する必要がありそうだ。今日は寮に教科書を持って帰ろうと、花純は決心した。
通うからには、いい成績を残したい。
何処かに就職するにしても、成績はいい方が有利だろう。
「お昼に行こうか」
「あ・・・、その前にお手洗い行ってもいい?」
お昼時間は長く取られている。食事はゆっくりというのが、この国の考えらしい。
「じゃあ、ここで待っているよ」
「うん」
まさか男の子たちも女の子のお手洗いにまでついていくことも出来ないので、教室で待ってくれることになった。
花純が済ませて手を洗っていると、数人の女の子たちが後ろに立つのが鏡越しに見えた。
「カスミ・ノノミヤだったかしら?」
いきなりの呼び捨てに少々驚く。
「・・・・・・ええ、そうだけど」
「高等課に通う者は貴族やお金持ちや権力者が多いの。貴女の側にいる方たちもそうなのよ」
この中のリーダー格の女の子なのだろうか。金髪の縦ロールの髪に、赤いリボンをつけた女の子が腰に手を当ててそう言葉を発した。
もしかしてこれって、・・・虐め?
花純は首を捻りながら、次の言葉を待った。
「貴女は落ち人でしょう? 落ち人は庶民が多いって言うじゃないの。貴女はどうなの?」
「・・・・・・庶民ですけど」
花純の応えを聞いて、彼女は得意そうに胸を張った。
「だったら、あの方たちとお付き合いするのはお止めなさいな」
「・・・・・・・・・」
どう応えていいのか、花純には解からない。
付き合うなと花純に言われても、どうしようもない。
「カイト様とゴードン様は伯爵家のご子息なのよ? ナオヤさん、オレグさん、クリースさんも都では名の知れた豪商の息子なの。庶民の貴女には不釣り合いだわ」
これはもしかしなくても、虐められている?
っていうか蔑まされている?
黙って少し様子を見た方がいいだろうか? 彼女たちが誰かも解からないし。
彼女たちの身分も立場も解からないから、対処のしようがない。
花純が黙っていたから承知したと思ったのか、彼女たちは扉に手をかけて一歩出ながら最後の忠告を発した。
「いいわね、これからカイト様たちには近付かないで。解かったわね?」
花純がそれでも黙っていると、彼女たちは外へ出て行った。
女の子たちは花純の態度にすっかり脅えて声も出ないと思ったのか、外に出てくすくすと笑っている声が聞こえた。
その声が凍りつくまでに、そう時間はかからなかった。
「・・・・・・っ! あ、あら・・・カイト様、こんなところにおいでとは・・・・・・」
カイトは女の子たちを、冷たい視線で蔑むように見据えた。
「カスミにこれ以上何か言ったら、俺が許さない」
「・・・・・・・・・っ!」
低い声で威嚇するように言われ、女の子たちは急いでその場を去った。
しばらくして花純がお手洗いから出てくる。
「あ・・・・・・、カイト。迎えにきてくれたの?」
カイトは少し離れた角の壁に背を預け、立っていた。
先程の彼女は多分このカイトのことが好きなのだろう。だから、花純に牽制するような言葉を発した。
カイトは壁からゆっくりとした動作で立つ。
彼女たちが憧れるのも頷ける。その場に立つカイトは、とても恰好よかった。
「少し遅いから・・・・・・心配した」
「ん・・・・・・、ちょっと混んでたから」
「そうか・・・・・・」
カイトは優しい笑みを浮かべて、花純の背に手を当てた。




