第9話 火球では、薬草を採れない
初めての探索で得た四千八百六十円は、そのまま使わずに残しておいた。
給料から引かれる三万円を補うには、まだ足りない。
だが、会社の給料とは別に、自分の力で稼いだ金だった。
翌週の土曜日。
俺たちは再び、探索者協会の初心者用ダンジョンを訪れていた。
「マスター、今日は何体倒しますか?」
入口へ向かう途中、ラヴィが金橙色の瞳を輝かせて尋ねてくる。
「今日は魔物を倒すのが目的じゃない」
「では、何を撃ちますか?」
「何も撃たない前提で考えてくれ」
「何も……?」
ラヴィが足を止めた。
戦闘以外の目的でダンジョンへ入るという発想がなかったらしい。
俺が選んだのは、第一階層で採取できる薬草の回収依頼だった。
『青灯草 二十株』
『報酬六千円』
『根を傷つけず採取すること』
初心者向けの常設依頼。
魔物を倒したときより収入は安定しているが、薬草の見分け方と採取方法を覚える必要がある。
「直人様。採取用ナイフと保存容器を確認しました」
セラが俺の持つ小型鞄を見ながら言う。
「傷薬、飲料水、非常食もあります。準備に不足はありません」
「二人は本当に何も持たなくていいんだな?」
「必要な補助機能は本体へ内蔵されています」
「わたしは火球も持ってます!」
「術式は持ち物ではありません」
セラが即座に訂正した。
ラヴィは納得していない様子だったが、入口のゲートが開くと真っ先に進もうとした。
「三人で行くんだろ」
黒いベストの背中をつかむ。
「覚えてます!」
「なら、先に走るな」
「敵がいないか確認しようとしただけです!」
「第一階層で単独行動する必要はありません」
セラにも止められ、ラヴィは俺の右側へ並んだ。
左側にはセラ。
初めて来たときと同じ並びで、俺たちはダンジョンへ入った。
◇
青灯草は、薄暗い場所で葉脈が青く光る薬草だ。
初心者でも見分けやすい。
問題は、似た形をした苦味草が同じ場所に生えていることだった。
「これは青灯草か?」
俺がしゃがみ込み、淡く光る葉へ手を伸ばす。
セラが隣で目を細めた。
「魔力反応はあります。ただし、薬効までは判別できません」
「見た目は資料と同じだけど」
「第三解析機が起動していれば、成分まで即座に確認できます」
セラは総合制御機だ。
広い範囲を支援できるが、鑑定や素材解析は専門ではない。
今も俺の魔力を抑えながら周囲を警戒しているため、余計な演算はできるだけ避けた方がいい。
「葉の裏に青い点が三つ。茎は半透明。資料どおりだな」
俺は協会でもらった画像と見比べ、根元へ採取用ナイフを入れた。
周囲の土を少しずつ崩し、根を傷つけないように引き抜く。
「一株目」
「マスター」
ラヴィが真剣な顔でこちらを見ていた。
「火球を弱くして、周りの土だけ飛ばすこともできますよ」
「薬草まで燃えるだろ」
「熱を出さない衝撃術式に変えれば――」
「採取用ナイフで十分です」
セラが止める。
「でも、この速度だと二十株に時間がかかります」
「今日は採取を覚えるのも目的だ」
「魔法で採取する方法を覚えるのでは駄目ですか?」
「根を傷つけずに回収できるようになってからだな」
ラヴィは不満そうに頬を膨らませた。
それでも俺が二株目を探し始めると、地面を注意深く見るようになった。
「マスター、あそこが光っています!」
「どこだ?」
「あの岩の陰です!」
確かに、少し離れた場所で青い光が揺れている。
近づいて確認すると、青灯草が三株まとまって生えていた。
「よく見つけたな」
「戦闘担当は、敵だけを見ているわけではありません!」
褒められたラヴィは、得意そうに胸を張った。
そのポニーテールが後ろの岩へ引っかかる。
「動くなよ」
「敵の罠です!」
「ただの岩だ」
「ダンジョン内にあるなら、敵の罠かもしれません!」
髪を外してやると、ラヴィは何事もなかったように次の薬草を探し始めた。
◇
二時間ほどかけて、青灯草は十五株集まった。
途中で角兎とスライムに遭遇したが、使った火球は三発だけ。
戦闘よりも、しゃがんで薬草を探している時間の方が長い。
「あと五株ですね」
セラの動きは安定していた。
前回の探索と、今日使った三発分の魔力消費によって、演算能力に少し余裕が生まれている。
ただし、完全に元へ戻ったわけではない。
「直人様。右側の通路に、植物系の魔力反応があります」
「青灯草か?」
「判別できません。反応数は複数です」
セラが示したのは、協会の案内板には載っていない細い脇道だった。
立入禁止を示す表示はない。
第一階層の探索可能範囲には含まれているようだ。
「行ってみるか」
「敵がいれば撃てます!」
「薬草を探しに行くんだぞ」
三人で脇道へ入る。
通路はすぐに行き止まりになっていた。
崩れた岩壁の前に、青い光がいくつも集まっている。
「青灯草だ」
十株以上が、狭い場所に群生していた。
「依頼達成です!」
ラヴィが近づこうとする。
その前に、セラが腕を伸ばして止めた。
「待ってください」
「どうした?」
「岩壁の奥から、微弱な魔力信号を検出しました」
セラの表情が変わっている。
サファイアブルーの瞳に、青い六角形が浮かんだ。
「魔物か?」
「違います。人工的な信号です」
青灯草が生えている岩壁をよく見る。
土と苔に覆われているが、その下には自然の岩とは違う直線があった。
手で土を払うと、黒灰色の板が現れる。
表面には、細い六角形の溝が刻まれていた。
「これ……外部中継核と似てないか?」
「同一文明の設備である可能性があります」
セラが慎重に手を近づける。
だが触れる直前で止めた。
「機能を解析できますか?」
ラヴィが尋ねる。
「現状のわたしでは、信号の存在を確認することしかできません」
「壊せば中が見えますよ?」
「壊してはいけません」
「少しだけなら」
「認めません」
セラの返答は早かった。
俺は協会から借りた端末で、黒灰色の板を撮影した。
位置情報と、微弱な魔力反応があることを記録する。
「勝手に触らず、協会へ報告した方がいいな」
「適切な判断です、直人様」
「マスターの物にはならないんですか?」
「ダンジョン内で見つけた設備は、発見報告と調査が先です」
「少しくらい持って帰っても――」
「ラヴィ」
「分かっています。壊しません」
ラヴィが両手を背中へ回した。
その様子を確認してから、俺は青灯草の採取を始めた。
黒灰色の板の周囲だけ、青灯草の成長が早い。
何らかの魔力を受けているのだろう。
二十株目を採り終えたとき。
胸の奥から、細い何かが引かれる感覚がした。
「セラ」
「確認しています」
セラの毛先が淡く発光する。
俺から流れた魔力が、黒灰色の板へ向かっていた。
「止められるか?」
「危険な量ではありません。接触していないにもかかわらず、設備側が直人様の魔力へ反応しています」
岩壁の六角形の溝に、青白い光が走る。
『契約者信号、確認』
古い音声が、崩れた通路へ響いた。
『六環式補助機構――接続数、二』
『不足機能を確認』
『第三解析機へ、優先修復情報を送信』
「第三解析機?」
俺が言い終わるより先に、スマートフォンが震えた。
部屋に置いてきた外部中継核からの通知だった。
『第三解析機』
『外部情報を受信』
『修復優先度を変更します』
昨日まで十七日と表示されていた修復予測が、画面上で急速に減っていく。
十五日。
十二日。
九日。
最後に止まった数字は、七日と十一時間だった。
「半分以下になった……」
「この設備が、第三号機の修復に必要な情報を補完したようです」
セラは光の消えた岩壁を見つめた。
「このダンジョンには、わたしたちと関係する古代設備が残っています」
会社が価値なしと判断した六機。
初心者向けとして管理されている、小さなダンジョン。
その二つは、偶然同じ場所にあったわけではないのかもしれない。
◇
協会へ戻り、青灯草二十株と設備の発見記録を提出した。
採取報酬は六千円。
途中で倒した魔物の素材が千六百二十円。
設備の新規発見報告に、情報提供料として二千円が加算された。
本日の収入は、合計九千六百二十円。
前回と合わせれば、一万四千四百八十円。
給料から天引きされる三万円の、ほぼ半分だ。
「今日は三発しか撃っていません」
ラヴィは金額よりも、そちらが不満らしい。
「それでも依頼は達成できただろ」
「次回は、戦闘依頼にしましょう!」
「次回の目的は、発見した設備の調査になる可能性があります」
セラが言う。
「調査にも火球は必要です!」
「何に使用するのですか?」
「壁が開かなかったときに」
「使用しません」
二人のやり取りを聞きながら、俺はスマートフォンを見る。
第三解析機。
覚醒まで、七日と十時間。
次の休日を待つより先に。
俺の部屋では、三人目の少女が目を覚ますかもしれなかった。
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