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第8話 初めてのダンジョンで、普通の火球を十発撃った



 探索者登録試験に合格しても、すぐにダンジョンへ入れるわけではなかった。


 受付へ戻り、規則説明、安全講習、緊急時の対応確認。


 さらにセラとラヴィを魔導補助機として正式登録し、ようやく仮探索者証が発行された。


「白石直人さん。初回講習を修了するまでは、初心者用ダンジョンの第一階層のみ探索可能です」


 受付職員が、青いカードを差し出す。


 表面には、俺の名前と顔写真。


 装備欄には、第一制御機セラ第二術式機ラヴィと記載されていた。


「魔物を倒した場合、核や素材は協会の買取窓口へ持ち込めます。ただし、最初から無理に戦わないでください」


「分かりました」


「初心者が最も事故を起こしやすいのは、初めて魔物を倒した直後です。興奮して奥へ進みすぎるんです」


「マスターは大丈夫です!」


 隣にいたラヴィが自信満々に言った。


「今日は百発撃ったら帰ります!」


「今の説明を聞いていましたか?」


 セラがラヴィの肩をつかむ。


「百発ではありません。安全を確認しながら、必要な回数だけです」


「マスターの魔力を減らすには、百発でも足りません」


「今日中にすべて減らす必要はありません」


「でも、撃てば撃つほどセラも元気になりますよ?」


「それと安全管理は別問題です」


 二人が言い合っている間に、受付職員が俺へ視線を向けた。


「本当に大丈夫ですか?」


「俺も少し不安です」


「マスター!?」


 正直に答えると、ラヴィがショックを受けた顔をした。


     ◇


 協会支部の地下には、初心者用の小規模ダンジョンが併設されていた。


 元々は駅前の再開発工事中に発見された天然ダンジョンらしい。


 危険な魔物は定期的に駆除され、第一階層には弱い魔物しか出現しない。


 入口で貸与されたのは、防護ジャケットと小型の回収袋。


 武器は持っていない。


 俺には剣を扱った経験などないし、ラヴィがいれば魔法を使える。


「直人様。防護ジャケットの留め具を確認します」


 セラが俺の前に立ち、胸元の留め具を一つずつ確かめる。


「問題ありません」


「ありがとう」


「安全確認は、第一制御機の役目です」


 答えたセラのジャケットは、一番上のボタンだけずれていた。


「セラの方もずれてるぞ」


「これは――」


「視覚的威圧効果?」


 セラが止まった。


「……直してください」


 最近は言い訳を諦めるのが少し早くなった。


 ボタンを留め直していると、ラヴィが俺の袖を引く。


「マスター、わたしも何か確認してください」


「ラヴィはどこもずれてないぞ」


「髪とか、装備とか、いろいろあります!」


「ポニーテールも大丈夫そうだ」


「では、戦闘準備が完璧だと褒めてください!」


「準備は完璧だな」


「はい!」


 満足したらしい。


 ラヴィは小さな八重歯を見せて笑った。


 入口のゲートへ探索者証をかざす。


『仮探索者、白石直人』


『第一階層への入場を許可します』


 厚い扉が左右へ開いた。


 冷たい空気が、地下通路から流れてくる。


 壁は灰色の岩。


 一定間隔で協会が設置した魔導灯が並び、足元を照らしている。


「これがダンジョンか」


 五年前、探索者試験に落ちて以来、一度も入ったことがなかった。


 会社ではダンジョンから持ち帰られた魔石や素材を何度も見てきた。


 だが実際に中へ入ると、空気そのものが外とは違う。


 肌へまとわりつくような、薄い魔力を感じた。


「直人様。体調に変化はありますか?」


「胸が少し軽い気がする」


「周囲の魔力と、直人様の体内魔力が僅かに反応しています」


「危険なのか?」


「現在は問題ありません。ただし、長時間の滞在は避けます」


 セラが先頭へ出ようとする。


 その横から、ラヴィが勢いよく前へ飛び出した。


「敵を探してきます!」


「単独行動は禁止です」


 セラがラヴィのポニーテールをつかむ。


「いたっ!」


「三人で進みます」


「髪を引っ張らなくても止まります!」


「先ほど止まりませんでした」


 俺たちは、三人で通路を進んだ。


 セラが周囲の魔力を確認し、ラヴィがいつでも術式を作れる位置につく。


 俺は二人の間。


 守られているというより、危険物を二人がかりで運んでいる気分だった。


「前方二十五メートル。小型魔力反応が一体あります」


 セラが足を止める。


「種類までは分かるのか?」


「簡易分析では、角兎の可能性が高いです。詳細な解析は第三号機の担当になります」


 まだ眠っているシエルがいれば、正確に判別できるらしい。


 今のセラでも危険の有無は分かるが、専門外の処理を増やせば魔力抑制へ影響する。


「わたしが見てきます!」


「待て、ラヴィ」


 声をかけたときには、赤いポニーテールが曲がり角へ消えていた。


 すぐに顔だけが戻ってくる。


「角兎です! 小さいです! 撃てます!」


「大声を出すな」


 曲がり角の先を見る。


 灰色の毛を持つ兎に似た魔物が、床に生えた苔を食べていた。


 額には短い角がある。


 こちらへ気づいた角兎が、顔を上げる。


 赤い目が細くなった。


 次の瞬間、角を前へ向けて走り出す。


「直人様。右手を前へ」


「マスター、引き出します!」


 セラとラヴィの声が重なる。


 胸の奥から、重い魔力が右腕へ流れる。


 ラヴィの金橙色の瞳へ赤い術式が浮かび、セラの銀白色の髪が淡く光った。


「術式構築!」


「出力、一・〇一。許容範囲です」


 手のひらの前へ、白い火球が生まれる。


 角兎との距離は十五メートル。


 試験の標的とは違う。


 小さく、速く、こちらへ向かってくる。


「当てられるか?」


「わたしが軌道を補正します!」


 ラヴィが笑う。


「マスターは、撃ってください!」


 俺は右手を前へ突き出した。


 白い火球が放たれる。


 角兎が横へ跳んだ。


 火球も空中で軌道を変える。


「曲がった?」


「精密射撃は得意です!」


 白い光が、角兎の身体へ命中した。


 爆発は起きない。


 短い衝撃音とともに魔物が床へ転がり、その身体が光の粒子へ変わっていく。


 後に残ったのは、小指の先ほどの魔石と、短い角だった。


「倒した……」


 初めて、自分の魔法で魔物を倒した。


 不思議と興奮よりも先に、胸の奥が軽くなる感覚があった。


「直人様。体内魔力圧が〇・〇三パーセント低下しました」


「一発で、それだけか」


「とても良い結果です」


「あと三千発くらい撃てますね!」


 ラヴィが嬉しそうに言った。


「百発から増えてないか?」


「正確な数字が分かったので!」


「一日で消費する量ではありません」


 セラが即座に止める。


 ラヴィは残念そうだったが、床へ落ちた魔石を見つけると、すぐに表情を変えた。


「マスター、戦利品です!」


 小さな魔石と角を拾い、俺の前へ差し出す。


「俺が持っていていいのか?」


「マスターが倒した魔物ですから!」


 回収袋へ入れる。


 会社で何千個も見てきた低品質の魔石。


 おそらく、買取価格は数百円程度だ。


 それでも、自分で手に入れた最初の魔石だった。


「次へ行きましょう!」


「一度、状態を確認します」


 セラが俺の手首へ触れる。


 脈拍、魔力経路、体温。


 一つずつ確認してから頷いた。


「異常ありません。探索を継続できます」


「次は二発同時に撃ちましょう!」


「一体に二発は必要ありません」


「二体探せばいいんです!」


 ラヴィが先へ進もうとする。


 今度は俺が、黒いベストの背中をつかんだ。


「三人で進むんだろ」


「あっ」


 ラヴィがこちらを振り返る。


「マスター、もう探索の基本を覚えましたね!」


「さっきセラに言われたばかりだ」


「覚えたことに変わりありません!」


 その後、一時間かけて第一階層を回った。


 角兎が四体。


 小型スライムが三体。


 洞窟鼠が二体。


 使った火球は合計十発。


 ラヴィは途中から連射を提案したが、セラがすべて却下した。


 十発目を撃ち終えた頃には、セラの動きが目に見えてよくなっていた。


「現在の演算余力は、四十八・二パーセントです」


「半分近く戻ったのか」


「はい」


 セラは歩きながら振り返る。


 その足が、床から少し突き出た石へ向かう。


「セラ、足元」


 声をかけると、セラは石を避けた。


「把握していました」


「本当か?」


「当然です」


 頭頂部の髪は立っていない。


 本当に見えていたらしい。


 帰還ゲートの前で、セラが俺を見上げた。


「直人様。今日はここで終了します」


「まだ戦えそうだけど」


「初回探索としては十分です」


「その通りです」


 入口で聞いた職員の話を思い出す。


 初めて魔物を倒した直後ほど、奥へ進みたくなる。


 今の俺にも、もう少し試してみたい気持ちはあった。


「分かった。帰ろう」


「はい」


 セラが少し嬉しそうに頷く。


 ラヴィは不満そうだった。


「あと九十発……」


「次回にしてください」


「次回は百九十発ですね!」


「増やしてはいけません」


     ◇


 素材買取窓口で、回収袋の中身を査定してもらった。


 角兎の魔石と角。


 スライム核。


 洞窟鼠の小さな牙。


 合計金額は、四千八百六十円。


「初回の第一階層なら、悪くない成果ですよ」


 査定員がそう言ってくれた。


 一時間探索して、五千円弱。


 装備の購入費や交通費を考えれば、大きな利益ではない。


 それでも俺は、表示された金額を何度も見た。


「これが探索収入か」


「はい、マスター!」


 ラヴィが胸を張る。


「十発しか撃っていませんから、次はもっと稼げます!」


「安全に得られる範囲で、です」


 セラが付け加えた。


 四千八百六十円。


 毎月、給料から引かれる金額は三万円。


 今日と同じ探索を七回行えば、六機分の天引きを補える計算になる。


 まだ会社を辞められるような金額ではない。


 けれど、会社から産廃として押し付けられた二機と一緒に、初めて自分たちの力で得た収入だった。


 買取明細を受け取った直後。


 セラが不意に、協会の掲示板へ視線を向けた。


「直人様」


「どうした?」


「第二階層の一部で、原因不明の魔力反応が確認されたようです」


 掲示板には、臨時調査依頼が表示されていた。


 対象は、このダンジョンの第二階層。


 報酬は、最低三万円。


 ただし参加条件には、こう書かれている。


『罠探知または魔力解析能力を持つ探索者に限る』


 俺の部屋で眠っている第三解析機シエルの修復予測は。


 いつの間にか、残り十七日まで縮まっていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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